乳癌の薬物療法(ホルモン療法、化学療法、分子標的療法)

 
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乳癌のホルモン療法 

 

ホルモン療法はなぜ効くか

 

《女性ホルモンの働きを阻害》

 

 乳がんの7割は、ホルモン依存性で、エストロゲンという女性ホルモンの影響で増殖します。

 そこで、体内のエストロゲンの量を減らしたり、エストロゲンの働きを阻害して、がんの増殖を止めて萎縮させてしまうのが、ホルモン療法です。

 実際には、ホルモン依存性の乳がんには、「ホルモン受容体」という目印があります。女性ホルモンとホルモン受容体は、鍵と鍵穴のような関係にあり、女性ホルモンはこの受容体に結合することで、細胞にさまざまな命令を下し、ホルモンとしての作用を発揮します。

 そこで、手術後に摘出したがんの組織を検査して、ホルモン受容体の有無を見ます。ホルモン受容体には、エストロゲン受容体とプロゲステロン受容体という2種類があります。この両者がある場合、あるいはどちらか一方でもある場合には、積極的にホルモン療法が行われます(実際にはエストロゲン受容体が陰性で、プロゲステロン受容体が陽性ということはまれとされています)。これを、エストロゲン受容体陽性、あるいはエストロゲン感受性あり、といったいい方をします。

 逆に、どちらのホルモン受容体もなければ、エストロゲン受容体陰性、エストロゲン感受性なし、といいます。受容体がなければ、そのがんは女性ホルモンの影響とは関係なく増大するがんなので、ホルモン療法は効かないと考えます。

 ホルモン剤は、抗がん剤のような強い副作用がないのが大きな利点ですが、受容体がない人に投与しても、副作用はあってもがんに対する効果はほとんどないのです。

 ホルモン感受性がある人に、術後補助療法としてホルモン療法を行うと、転移や再発がほぼ半分に減ることがわかっています。

 

《ホルモン剤には4種類ある》

 

 ホルモン剤には、体内のエストロゲンの量を減らす薬と、エストロゲンの働きを阻止するものがあります。さらに、閉経前と閉経後ではホルモン環境が大きく異なるので、これに合わせてホルモン剤を選択します。

 

抗エストロゲン薬

 エストロゲンの働きを阻止する薬です。

 エストロゲンは、細胞表面にあるエストロゲン受容体に結合することで、細胞にさまざまな命令を下しています。この受容体に結合して、エストロゲンが結合するのをブロックするのが、抗エストロゲン薬です。それによって、エストロゲンの作用が阻止され、がんの増殖を抑えます。

 術後補助療法に使われる代表的なホルモン剤に「タモキシフェン」がありますが、これも抗エストロゲン薬の一つです。タモキシフェンは、20世紀の乳がん治療における最大の発見の一つともいわれ、期の乳がんでは、術後補助療法にタモキシフエンを使うと、生存率が絶対値で6〜10%向上するというデータが出ています。

 タモキシフェンは、乳がんの再発率を下げるだけではなく、反対側の乳房にがんが発生する率を2.4%から1.6%に減らす、コレステロールを低下させ心血管系の障害を予防する、骨粗鬆症@こつそしようしよう@を予防する、といった作用もあります。閉経前、閉経後どちらにも効果があります。内服薬で、毎日1回、通常5年間服用します。

 ほかに同系統の薬として「トレミフェン」というホルモン剤もあり、こちらは閉経後に使われます。

 

LH−RHアゴニスト

 閉経前の女性に投与して、エストロゲンの量を減らすホルモン剤です。

 エストロゲンは卵巣でつくられますが、それまでに脳から次々に指令が送られています。まず、脳の視床下部@ししようかぶ@という部位から性腺刺激ホルモン放出ホルモン(LH−RH)が分泌されて、下垂体@かすいたい@を刺激します。その刺激で、下垂体からは性腺刺激ホルモンが分泌されて卵巣を刺激。その結果、卵巣からエストロゲンが分泌されるのです。

 LH−RHアゴニストは、この最初の段階で作用する薬です。性腺刺激ホルモン放出ホルモンも、下垂体の受容体に結合して、性腺刺激ホルモンを分泌させます。LH−RHアゴニストは、性腺刺激ホルモン放出ホルモンが下垂体の受容体に結合するのを邪魔して、下垂体から卵巣にエストロゲンの分泌命令が出されるのを阻止するのです。

 タモキシフェンと併用することもよくあります。通常は2年〜5年間使います。その間は生理が止まりますが、投与をやめると、卵巣機能が回復して生理が戻るのも特徴です。この薬は注射薬で、月に1度打つタイプと、3カ月に1度打つタイプがあります。

 ゴセレリンやリュープロレリンというホルモン剤がこのタイプです。

 

アロマターゼ阻害薬

 エストロゲンの量を減らすホルモン剤で、閉経後の女性に効果があります。

 閉経後は、卵巣でのエストロゲンの分泌は停止しますが、副腎でつくられるアンドロゲンという男性ホルモンが、脂肪細胞などでエストロゲンにつくり変えられます。このとき働くのが、アロマターゼという酵素@こうそ@です。そこで、アロマターゼの働きを阻害して、男性ホルモンからエストロゲンがつくられないようにするのが、アロマターゼ阻害薬です。

 アロマターゼ阻害薬には、アナストロゾール、エキセメスタン、レトロゾールなどがあります。

 

プロゲステロン製剤(黄体ホルモン製剤)

 間接的にエストロゲンの量を減らしますが、その作用はよくわかっていない部分も多く、ほかのホルモン剤が効かないときに使われます。

(タモキシフェンの再発率低下などのデータ、ホルモン剤の一覧表)

 

閉経とホルモン療法の進め方

 

《抗がん剤と効果は同等》

 

 術後に行われるホルモン療法には、現在3種類のホルモン剤が用いられますが、閉経前か閉経後かによって、選ばれる薬は異なります。閉経とは、60歳以上であるか、45歳以上で過去1年以上生理がない場合、または両側の卵巣を2個とも摘出している場合、と定義されています。子宮摘出を受けている場合は血中のホルモン値を参考にして決めます。E2(エストラジオール)が低値で、FSH(卵胞刺激ホルモン)が高値の場合は閉経と考えます。

 タモキシフェンは、閉経前か閉経後かにかかわらず使われますが、LH?RHアゴニストは閉経前、アロマターゼ阻害薬は閉経後に使われるホルモン剤です。

閉経前

 LH?RHアゴニストは、1カ月に1回か3カ月に1回、皮下注射で投与します。2〜5年間継続するのが一般的です。CMF(シクロホスファミド、メトトレキサート、5-FU3剤を併用)という組み合わせの抗がん剤を6カ月投与した場合と、2年間LH?RHアゴニストを注射した場合で効果を比較すると、再発を抑える効果は同等です。タモキシフェンと併用すると、AC(アドリアマイシンとシクロフォスファミドの2剤を併用)やCAF(シクロホスファミド、アドリアマイシン、5-FU3剤を併用)という抗がん剤治療と同等の再発抑制効果があります。抗がん剤よりは副作用が少なく、同じ程度の効果が得られるのが大きな利点です。

 

《より効果が高いホルモン剤へ》

 

 閉経後乳がんの術後補助療法は、タモキシフェンがかつては標準治療でしたが、アロマターゼ阻害薬の方が効果が高いことがわかり、こちらが標準治療となっています。

閉経後

 アロマターゼ阻害薬には、現在3種類ありますが、どれも効果は同じ程度です。

 以前は、閉経後もタモキシフェンによる再発予防効果が最も高いとされていました。ところが、タモキシフェンを5年間服用するより、アロマターゼ阻害薬(アナストロゾール)を5年間服用したほうが再発率が13%低く、副作用も少ないことが報告され、大きな反響を呼びました。

 またその後、タモキシフェンを2〜3年服用したあとでアロマターゼ阻害薬(エキセメスタン)に切りかえて、計5年間治療をつづけると、5年間タモキシフェンをつづけるより再発率が32%も低下すること、さらにタモキシフェンを5年間服用したあとでアロマターゼ阻害薬(レトロゾール)を5年間つづけると、再発率がさらに40%も低くなるなど、次々にアロマターゼ阻害薬の効果が報告されています。

 蓄積されたデータから、現在は閉経後乳がんの術後補助療法にアロマターゼ阻害薬を最初から使うことが標準となっています。

   

 

 

ホルモン剤の副作用

 

 

《半数に更年期障害が》

 

 ホルモン療法は、抗がん剤にくらべて副作用が少なく、それでいて高い効果があるのが大きなメリットです。とはいえ、ホルモン療法にもまったく副作用がないわけではありません。

 

更年期障害

 ホルモン療法は、簡単にいえば、エストロゲンの量を下げる治療法です。その結果、ちょうど閉経と似た状態になり、更年期障害のような症状を訴える人が少なくありません。

 ホットフラッシュが起きて冬でも汗が吹き出たり、動悸@どうき@や不安、睡眠障害、イライラ、抑うつ症状などを訴える人もいます。ホットフラッシュは、軽いものも含めると、ホルモン療法を行った人の半数以上にあらわれます。

 しかし、ここで更年期障害の治療のためにホルモン補充療法をしたのでは、ホルモン療法の意味がなくなってしまいます。ほんとうの更年期と同じで、少しがまんしていれば、体がエストロゲンの低い状態に慣れて楽になってくるはずです。がまんできないほどつらければ、更年期障害に使われる漢方薬を使ったり、うつ状態には抗うつ薬を使うこともあります。

 また、アロマターゼ阻害薬はタモキシフェンよりホットフラッシュが出る率が低いので、閉経と判断できれば早めにアロマターゼ阻害薬にかえるのも一つの方法です。

 

生殖器の症状と子宮体がん

 タモキシフェンには、子宮内膜の増殖作用があるため、不正出血が起こることがあります。それ自体はあまり心配ありませんが、タモキシフェンは、子宮体がんのリスクを高めることがわかっています。といっても、800人に1人の割合だった発生率が800人に2〜3人に増えるという程度です。その鑑別のために、不正出血がつづくようならば、検査を受けましょう。

 一方で、タモキシフェンは、10年間で乳がんの再発を相対的に45%抑えることができます。再発予防効果が副作用のデメリットを超えるからこそ、タモキシフェンが使われるのです。子宮体がんは、不正出血により早期発見が可能です。またタモキシフェンに誘発される子宮体がんは比較的悪性度が低く、早期に見つかれば手術で治る可能性が高いとされています。しかし、乳がんは再発してしまえば、完治は困難です。

 

骨粗鬆症

 アロマターゼ阻害薬やLH?RHアゴニスト製剤は、エストロゲンの量を減らすため、更年期以降と同じように骨量が減少し、骨粗鬆症になりやすくなることがわかっています。反対に、タモキシフェンは骨量を増やして骨をじょうぶにする作用があります。

 骨量が低下してきた場合には、骨量を増やす薬を併用します。

 アロマターゼ阻害薬で、関節の痛みやこわばりが出ることがありますが、これも時間経過で軽快する場合が多いようです。

 

その他

 このほか、タモキシフェンではまれに下肢@かし@に血栓(血の固まり)ができたり、それが肺に詰まって肺動脈塞栓症を起こすことがあるため、静脈血栓症の既往@きおう@がある人へのタモキシフェンの使用は特に注意が必要です。

 

 

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化学療法(抗がん剤治療)

 

 

《抗がん剤の作用とは》

 

 ホルモン剤が、エストロゲンという、いわばがんの増殖に必要な栄養源を断ち切って再発や転移を防ぐのに対し、抗がん剤はその毒性でがん細胞を殺傷する薬です。

 抗がん剤は、がん細胞の遺伝子や細胞増殖機能などを障害して、死に至らしめます。手術や放射線治療などの局所治療を行うと、残ったがん細胞に増殖の刺激をあたえる可能性が考えられています。この刺激によって、全身に散ったがんの芽、つまり微小転移したがん細胞が活性化し、増殖すると考えられているのです。

 しかし、細胞が分裂・増殖するためには、さまざまなシステムが機能し、外からもいろいろな材料を補充する必要があります。細胞としては不安定なこの時期に、毒性を持った抗がん剤を投与して、がんの芽をつぶしてしまおうというのが、抗がん剤による術後補助療法の考え方です。

 一方で、抗がん剤の毒性は正常細胞にも同じように作用します。そのために、抗がん剤によるさまざまな副作用が起こります。特に、がんと同じように分裂スピードの早い毛髪をつくる細胞や骨髄細胞、粘膜細胞、生殖細胞などはダメージを受けやすいことがわかっています。脱毛や吐き気、嘔吐、下痢、白血球数の減少など、抗がん剤に多い副作用はこうして起こるのです。

 それでも、正常細胞はがん細胞より毒性に対する抵抗力があり、回復力も強いので、治療では正常細胞が耐えられる範囲内で、がん細胞が死ぬ量の抗がん剤が投与されます。

 

《抗がん剤は組み合わせて使う》

 

 抗がん剤を使う場合に重要なのが、その組み合わせです。

 抗がん剤には毒性があるので、一種類の抗がん剤を多量に使うと、特定の副作用だけが強く出てしまう危険があります。そこで、効果のある抗がん剤を数種類(ふつうは2〜3種類)組み合わせて使うのが、多剤併用療法の考え方です。薬を組み合わせることで副作用の危険を減らし、複合的な効果が高まると考えられています。

 どの抗がん剤の組み合わせや使用法が一番効果的なのか、そしてその副作用は許容できるものなのか、患者さんの協力を得て大規模な臨床試験が行われています。その結果、現在の時点で一番効果的な薬の組み合わせと投与法が「標準治療」となります。

 こうした抗がん剤の組み合わせは、抗がん剤の英語の頭文字をとって、AC(Aはアドリアマイシン、Cはシクロフォスファミド)とか、TCCEFといった呼び方をされます。「(○ページ参照)。

 乳がんの領域ではアドリアマイシン系の抗がん剤と、タキサン系の抗がん剤が骨格となっていくつかの標準的な治療法が確立されています。

 

 

抗がん剤治療の進め方

 

《休薬期間をおいて治療》

 

 抗がん剤は複数の薬を組み合わせて使いますが、もう一つ大切なポイントは、休薬期間をおいて治療をくり返すということです。

 1週間に1回、あるいは3週間に1回投与し、その間は休んでこのサイクルを何回かくり返します。

 抗がん剤すると、がん細胞も障害されますが、正常細胞もダメージを受けます。ここで休薬期間をおくと、正常細胞は回復して元気になりますが、がん細胞は回復能力が欠けているため、十分回復しません。そこで、1〜3週間休んで正常細胞が元気になったころに、また抗がん剤治療をくり返してがん細胞をたたくわけです。

 抗がん剤の種類によって、投与のしかたは様々ですが、1回の治療を1クールとか1サイクルというふうにいいます。6サイクルといえば、休薬期間をおきながら6回抗がん剤治療をくり返すという意味です。

 

《術後治療でよく使われる抗がん剤》

 

 では、抗がん剤にはどのような種類があり、どのような使われ方をするのでしょうか。

 抗がん剤には、点滴などで体内に入れる注射薬と飲み薬があります。乳がんの術後補助療法では、ACやTCという組み合わせによる併用法、あるいはAC4サイクルに引き続き、タキサン系の4サイクル(ACT療法)というような連続投与法が、よく行われています(表参照)。

 

 

JNCCN20113月号より>

 

アメリカでHer2陰性の患者さんに用いられている抗がん剤治療法の頻度を図にしたものです。TC療法とACT療法が治療法を2分しており、その他をTAC療法、AC療法、CMFが占めています。

 

●アンスラサイクリン系

 乳がん治療に古くから使われている抗がん剤で、直接遺伝子を破壊してがん細胞を殺傷します。アドリアマイシン、エピルビシンなどの薬があり、アドリアマイシンを含む併用療法には、ACやFAC、エピルビシンを含む併用療法には、EC、FECといった治療法があります。

 

●タキサン系

 細胞の分裂過程を阻害する薬で、パクリタキセルとドセタキセルがあります。これらの薬は単独で使ったり、ほかの薬と併用して用います

●アルキル化薬

 遺伝子に作用する薬で、シクロフォスファミドはアンスラサイクリン系の薬などと組み合わせて使われます。

 

●その他

 細胞の分裂過程を阻害するビノレルビン、遺伝子合成を抑える5?FU(フルオロウラシル)やメトトレキサートなどがあります。

 

 

《期待される再発抑制効果》

 

 抗がん剤を投与すると少なくとも多くの患者さんに一時的な効果を認めるため、なるべく多くの患者さんに行われた時期もありました。しかし現在では抗がん剤を行うことによる生存率の改善効果は限られた患者さんに大きく、一方あまり効果がない患者さんも分かってきたため、副作用とのバランスを考え、効果が期待できる患者さんに対象が絞られるようになってきました。

 

 やや専門的な話で恐縮ですが、抗がん剤の効果は次のようにして考えられています。々海ん剤が効くタイプかどうか? これにより相対的な再発抑制効果(relative risk reduction)を推計します。抗がん剤を行わなかった場合、どの程度の再発が予測されるか?これをベースラインリスク(baseline risk)と呼びます。,鉢△魍櫃厩腓錣擦燭發里、実質的な再発抑制効果(absolute risk reduction)となります。再発の可能性が40%ある患者さんに、再発抑制効果が30%ある治療を行うと0.4x0.3=0.12となり12%の人が救われるという推計を行います。この数字が大きいほど、副作用を覚悟で、抗がん剤を行った方がよいということになりますし、この数字が小さければ、治療の意味があまりないということになります。

 再発抑制効果が高いということは良い治療といえるし、たとえ再発抑制効果が大きくても、あまり再発しない患者さんに治療しても、成果が上がらないことがおわかりいただけると思います。

  

 乳がんのタイプ別の治療法

 

 

ホルモン受容体陽性

ホルモン受容体陰性

 

HER2陰性

(低増殖能)

ルミナールA

<ホルモン療法>

 

トリプルネガティブ

<化学療法>

(高増殖能)

ルミナールB(HER2陰性)

<ホルモン療法+化学療法>

 

HER2陽性

ルミナールB(HER2陽性)

<ホルモン療法+化学療法+分子標的療法>

HER2タイプ

<化学療法+分子標的療法>

 

コラム 大切な初期治療

 

 がんが発見されて最初に行う治療を「初期治療」といいます。再発や転移によって、2回、3回と治療を繰り返す場合の治療と区別するためにこのような言い方をします。

 抗がん剤治療でも、初回の治療が大切です。薬物治療がうまくいかず、臓器転移をおこした場合は、その後の治療によって、一時的な症状の改善はみられても、治癒の可能性が極めて少なくなるからです。

全身に転移したがんの量(腫瘍量)が少ない場合は、薬物療法による完治の期待がありますが、レントゲンなどで診断できるほどの臓器転移が成立した場合は、完治は困難になります。したがって乳がんの薬物療法は先手必勝、緒戦の勝利が絶対条件になるのです。  

ただ抗がん剤はそれなりの副作用があるため、そもそも効かない人には必要ないし、抗がん剤をやらなくても再発しない人にも必要ないということが言えます。抗がん剤の効果が期待でき、なおかつ再発のリスクがある人には、最適なスケジュールと量で妥協なくやり切るというメリハリが重要なのです。

 

 

   

抗がん剤の副作用

 

 

《脱毛や吐き気、白血球減少》

 

 抗がん剤には、個人差はありますが、それぞれに副作用があります。しかし、ある程度副作用の傾向も決まっているので、現在はその対処のしかた、予防の方法もずいぶん進歩しています。このためあまりこわがらないでもだいじょうぶです。まず、主な薬剤の代表的な副作用を見てみましょう。

 

AC療法(同系統のものにEC療法、FAC療法、FEC療法があります)

 3週ごとに通常4回の点滴(4サイクル)を行います。

 1990年代以降、標準的な投与法として幅広く用いられてきました。現在はTC療法に置き換わりつつあります。アドリアマシン(A)を類似薬のエピルビシン(E)に代えたのがEC療法で、さらに5−FUを組み合わせたのがFAC療法、FEC療法です。3週間に一度の点滴を計4回行います。短期間で終わることが利点ですが、脱毛と吐き気が副作用として問題になります。

 

TC療法

 AC療法のアドリアマイシンをタキソテールに置き換えたのがTC療法で、2006年末の論文発表から使用頻度が増えてきました。元々アメリカで研究が進んだ経緯があり、4サイクルの抗がん剤としてはアメリカではTC療法が主流ですが、ヨーロッパではまだまだEC療法、FEC療法が健闘しており、日本がその中間くらいの状況です。主な副作用としては脱毛、全身倦怠感、皮疹、末梢神経障害などが知られています。

 

●AC→T療法(同系統のものにFECT療法)

 AC療法やFEC療法を4サイクル行った後、引き続きタキソテールやタキソールを投与する方法です。再発のリスクが高く、化学療法の効果が高いと予想される患者さんに用いられます。副作用の内容としてはAC療法、TC療法と大きくは変わりませんが、治療が長期に及ぶ分、副作用もきつくなります。

 

 以上の3タイプの他にはTAC療法やCMF療法が行われています。TAC療法はアメリカで主に行われており、CMF療法は1980年代〜90年代に行われた治療法で、効果はやや落ちますが副作用の少なさが評価され今でも高齢者に行われる場合があります。

 

《主な副作用とその対策》

 

 副作用は、抗がん剤の効果と比例するものではなく、副作用が強いから効果も高いというわけではありません。ですから、副作用はがまんしないで、薬で抑えたり、適切な対策をとって乗り切りましょう。

 

●吐き気・嘔吐

 吐き気も個人差が大きいのですが、アドリアマイシンやエピルビシン、シクロフォスファミドなど、吐き気が出るリスクが高い抗がん剤を使う場合には、抗がん剤の点滴をする前に、吐き気止めを注射や内服で用います。

 5-HT3受容体拮抗剤、副腎皮質ステロイドホルモンが主に用いられていますが、最近では新規5-HT3受容体拮抗剤のパノロセトロン、NK1受容体拮抗剤のアプレピタントが使用可能になり、抗がん剤のタイプによって選択の幅が広がりました。

 また、一度強い吐き気を経験すると、化学療法が始まると思っただけで吐き気が出てしまう(予期性嘔吐)ことがあります。この予防にはもちろん嫌な経験を一度でもしないようにすることが重要ですが、抗不安薬などの内服により緩和できることが知られています。

 

【日常生活でできる工夫】

☆抗がん剤を投与する日の食事は、軽めにする。

☆食事を少しづつとり、一度に満腹にならないようにする。

食事や飲み物は、ゆっくりとる。

☆油っぽいものや消化の悪いものは避ける。

☆臭いによるムカツキを防ぐには、食べ物を冷やしたり、冷ましてから食べるとよい。

☆リンゴジュースやグレープスルーツジュースを冷やして飲んだり、氷を口に含む。

☆食後はすぐに横になるより、1時間ぐらい椅子に座って休む。

☆映画を見たり、音楽を聞く、おしゃべりをするなど、好きなことに集中して気分転換をはかる。

 

●白血球の減少や貧血など骨髄抑制

 抗がん剤によって、血液中の血球成分をつくる骨髄の働きが低下するために起こる副作用です。白血球が減少すると、免疫@めんえき@が低下して病原菌に感染しやすくなります。そのために、カゼや肺炎、発熱、虫歯の痛みやはれ、食中毒などにもかかりやすくなります。

 ふつう、白血球は抗がん剤を投与して1週間前後から低下しますが、3週間ほどで回復します。実際に感染を起こすことは少なく、発熱など感染があった場合には、抗生剤で治療します。白血球(好中球)の量が減少しすぎた場合には、白血球を増やす薬を使ったり、抗がん剤の量を減らしたり、しばらく治療を休んだりして対処します。

 赤血球が減少すると、貧血になってだるくなったり、息切れを感じることもあります。血小板が減少すると、出血しやすくなるので、鼻血や歯茎からの出血、下血などがあったら、医師や看護師に相談してください。

【日常生活でできる工夫】

☆治療中は、人が多い場所にはなるべく行かない。

☆外出したら、手洗いとうがいを忘れずに。

38度以上の発熱があったら、医師、看護師に相談する。

☆膀胱炎やカゼ症状など、感染症状に気づいたら病院へ。

 

●脱毛

 外見が変わってしまうので、精神的にも非常にストレスが大きいのが脱毛です。髪の毛だけではなく、眉毛や体毛まで抜けてしまうこともあります。

 残念ながら、脱毛を根本から防ぐ手段はありません。ただ、ちょっとした工夫で、気持ちをやわらげることはできます。そして、治療が終わればすぐに毛がはえてきて、元通りになることを忘れないでください。

【日常生活でできる工夫】

☆朝起きたとき、寝具にたくさん毛髪が落ちていたり、シャンプーやブラッシングのときに大量に毛が抜けるのは、決して気持ちのよいものではありません。できれば、治療前に髪を短くしておきましょう。

☆シャンプーは刺激の少ないものに。

☆ブラシはやわらかいものに。

☆パーマや毛染めはお休みに。

☆あらかじめ、気に入った帽子やバンダナを用意して。

☆脱毛が起きる前に、カツラを用意する。

 

●口内炎や味覚の変化

 抗がん剤による口内炎は、口の中がただれたり、潰瘍@かいよう@ができて、痛みで食事をとれないほどひどくなることもあります。そのために、病原菌の感染が起こることもあります。こうしたときは、局所麻酔薬の入ったうがい薬を使ったり、鎮痛剤を使います。

【日常生活でできる工夫】

☆やわらかい食事や流動食にする

☆口の中を清潔にしておく。うがいは、起床時、毎食後、就寝前など、1日7〜8回以上を目安に。

☆歯磨きはやわらかい歯ブラシを使う。

☆可能ならば、化学療法をはじめる前に歯科医で歯の掃除を。

 また、苦みを感じたり金属のような味がしたり、味覚の低下や過敏になるなど、味覚にも異常が起こることがあります。味覚異常には亜鉛@あえん@が効くことがあるので、医師や看護師に相談してみましょう。

 フルオロウラシルやカペシタビンなどの抗がん剤は、「手足症候群」を起こすことがあります。手足の裏が刺すように痛んだり、感覚が鈍る、発赤@ほつせき@や発疹@ほつしん@、かゆみなどが出て患者さんを悩ませます。保湿クリームやステロイドの塗り薬で軽減することもありますが、ひどい場合は薬の量を減らしたり、中止することもあります。

 

●その他

 このほか、下痢やむくみ、便秘、関節や筋肉の痛み、タキサン系の抗がん剤では、手足のしびれやピリピリ感、刺すような痛み、感覚が鈍くなるなど、末梢神経傷害があらわれることがあります。まだこれを防ぐ薬はありませんが、治療が終われば多くは改善していきます。

 

 

コラム 副作用からの回復

 

 抗がん剤には、さまざまな副作用があり、健康なときならばあまり深刻には考えない口内炎やしびれ、皮膚の発疹なども、ひどくなると治療を中断しなければならないこともあります。

 ただし、治療が終わればほとんどの症状は回復していきます。そのスピードは、副作用の種類によっても異なりますが、たとえば皮膚の症状や毛髪などは、細胞の入れかわる速度が速いので、治療を終えて数週間で回復してきます。とはいえ、髪の毛を伸ばすのと同じですから、元の髪形に戻るには何カ月かかかります。

 タキサンによるしびれや手足の感覚異常などは、もう少し時間がかかって、治療終了後9カ月以内に半数の人が回復すると報告されています。

 

 

分子標的治療薬とは

 

《がん細胞をねらい撃ち》

 

 抗がん剤が、その毒性でがん細胞も正常細胞も無差別に攻撃するのに対し、がん細胞の生物学的特性に的@まと@をしぼって攻撃するのが、「分子標的治療薬」です。

 分子レベルでがんの研究が進んだ結果、がん細胞ががん細胞であるためには、いろいろなメカニズムが必要であることがわかってきました。栄養を取り込むために、にわかづくりの血管を引き込んだり、どんどん分裂増殖したりします。こうしたメカニズムに的をしぼって、がん細胞をねらい撃ちするのが、分子標的治療薬です。正常細胞には、こうした特性はないので、攻撃目標にはなりません。

 そのため、分子標的治療薬には、これまでの抗がん剤のような副作用はあまり認めません。ただし、別の副作用が出ることはあります。

 分子標的治療薬は、がんの薬物療法に新たな選択肢を設け、治療法を大きく前進させました。現在、がんのメカニズムが解明されるとともに、さまざまな分子標的治療薬が開発され、治療に使われています。なかでも最も成功した分子標的治療薬の一つが乳がんに使われる「トラスツズマブ」(商品名ハーセプチン)です。

 

《以前は悪性といわれたタイプ》

 

 トラスツズマブは、がん細胞の表面にあるHER2という受容体(HER2タンパク)に結合して、増殖を阻止する抗体治療薬です。

 エストロゲンが、細胞表面にあるホルモン受容体に結合してホルモンとして作用するように、HER2受容体に作用物質が結合すると、細胞に増殖命令が出ます。正常細胞にもHER2受容体はあるのですが、乳がん細胞の中にはHER2受容体が異常にたくさん出ている(過剰発現)ものがあります。こういうタイプのがんは、ホルモン療法が効かないタイプの乳がんに多く、過剰な増殖命令が出てどんどん増殖するので、がんとしての悪性度が高い、タチの悪い乳がんと言われていました。

 

《強陽性が適応》

 

 ところが、トラスツズマブが開発されて、状況は一変しました。トラスツズマブはHER2受容体にとりつき、HER2受容体に作用物質が結合するのをブロックします。その結果、細胞に増殖命令が出なくなるのです。トラスツズマブが結合することで、免疫細胞もがん細胞を認識しやすくなり、攻撃をはじめます。こうして、がん細胞は生き残ることができなくなります。

 トラスツズマブの適応になるのは、HER2タンパクがたくさん発現している「強陽性」の人です。検査には、がんの組織を染色して調べる免疫組織学染色法と、HER2遺伝子を見るフィッシュ法があります。染色法では、0から+3まで4ランクに分けられ、+3ならば問題なく強陽性で、トラスツズマブの適応です。+2の場合は、さらにフィッシュ法で調べ、HER2遺伝子が増殖していればトラスツズマブの適応になります。

 

分子標的治療薬の効果と副作用

 

《術後の再発予防にも効果》

 

 HER2受容体が強陽性で、分子標的治療薬・トラスツズマブの治療対象になる人は、乳がんの人の20%ぐらいと言われています。

 トラスツズマブが日本で乳がん治療に使われるようになったのは、2001年です。当時、健康保険でトラスツズマブの使用が認められていたのは、再発・転移した乳がんに限られていました。しかし、20055月には手術後の再発予防にも大きな効果があるというデータが発表され、現在は手術後の再発予防(術後補助療法)にも使われています。

 特に、抗がん剤と組み合わせて使うと効果が高いことがわかり、タキサン系の抗がん剤と併用したり、アンスラサイクリン系の薬で治療をしたあと、トラスツズマブを投与するといった方法で治療が行われています。

 トラスツズマブは、3週間に1回点滴で投与します(毎週投与する方法もあります)。これを1年間つづけるのが標準的です。

 トラスツズマブによる術後補助療法の対象は、HER2タンパクが強陽性の人で、1cm以上の大きさの浸潤がんの患者さんと当初は考えられていました。しかし今では5mm1cmの大きさの浸潤がん患者さんもその対象と考えられています。

 

《トラスツズマブの副作用》

 

 トラスツズマブには、脱毛や悪心@おしん@、嘔吐、白血球の減少など、これまでの抗がん剤に見られたような副作用はほとんどありません。

 しかし、投与後数時間から24時間以内に、多くの患者さんに発熱と悪寒@おかん@が見られます。最初は40%ぐらいの患者さんに起こりますが、2回目以降は5%以下と、ごく少なくなります。なぜ発熱や悪寒が起こるのか、その原因はまだわかっていません。

 重い副作用として注意が必要なのは、心臓への影響です。トラスツズマブは心臓機能の低下を起こすことがあります。そのため、同じように心臓に影響があるアンスラサイクリン系の抗がん剤とは同時併用しない方がよいと考えられています。また、治療中は定期的に心臓の検査をすることが必要です。

 トラスツズマブが登場したおかげで、かつて増殖が早く、ホルモン療法もきかない難しいがんといわれていたHER2陽性乳がんは、むしろコントロールしやすいがんというようなイメージに変わりました。

 これは、転移再発した場合でも同様です。再発転移の場合は、ラバチニブというチロシンキナーゼ阻害剤に属する分子標的治療薬も認可されており(転移再発がんの項参照)、さらに現在開発中の薬としてはネラチニブ、ペルツズマブT-DM1など目白押しとなっています。しかし、こうした進歩のかげで、最後に残されたのがトリプルネガティブという、ホルモン療法もトラスツズマブも効かないがんです。

(※トラスツズマブの作用メカニズムイラスト)

 

 [コラム] 薬物療法にかかる費用

 

 乳がんの治療費は、手術費用だけでは済みません。術後補助療法は長期にわたるので、その分費用もかかります。

 一般的に、3割負担で以下のような費用がかかります。(実際には高額医療費の補助制度もあるため、負担額の計算は複雑です)

手術後の放射線治療は10万円ほど

タモキシフェンによるホルモン療法は5年間で20万円ほど

LH−RHアゴニストは2年で36万円ほど

アロマターゼ阻害薬は、5年間で30万円ほど

抗がん剤の場合、6カ月で20万〜30万円ほど

トラスツズマブは、1年間で70〜80万円ほど

 新薬や分子標的治療薬は薬価が高く、患者さんの大きな負担になっています。このほか、診察代などもあるので、経済的な問題があれば、まず病院のソーシャルワーカーに相談してみましょう。

 

☆コラム 残された「トリプルネガティブ」

 

 乳がん治療では、エストロゲンやプロゲステロンの受容体があればホルモン療法、HER2受容体がたくさんあればトラスツズマブ、という分子標的治療薬が使われます。

 がんそれぞれが持つ個性に狙いをつけて薬物療法を行うわけです。それによって、効かない方への治療を避け、効果の期待できる方に対象を絞って治療を行います。

 ところが、ホルモン受容体が陽性の人は7割、HER2受容体が過剰発現の人は2割に限られています。両方陽性の乳がん(ルミナルB/ルミナルHER2タイプ・ページ参照))もあります。反対に、どちらも陰性で、ホルモン療法の対象にも分子標的治療薬の対象にもならないという人もいます。これが、「トリプルネガティブ」(ホルモン受容体2種類とHER2受容体で3種と数える)と呼ばれるタイプです。

 この場合、効果が期待できるのは現在のところ抗がん剤だけになります。抗がん剤の効果は高いタイプですが、がんの特性に狙いをしぼって攻撃できないのが、ネックです。

 しかし、トリプルネガティブ乳がんの対策は現在のがん領域の最優先課題の一つでもあり、多くの研究者がかかわっています。トリプルネガティブ自体も、ベイサルライクやクラウディンロウなどのいくつかのサブタイプに分類されることがわかってきました。また、トリプルネガティブに的@まと@をしぼったPARP阻害剤という分子標的薬の開発が進行しています。中でもイニパリブという薬剤が第2相試験(がんを縮小させる効果を見る試験)で有意な効果を示し期待されていましたが、第3相試験(延命効果を見る試験)では全体としての有効性は示せませんでした。紆余曲折は予想されますが、PRAP阻害剤が、必ずトリプルネガティブ乳がんの現在の局面を打開してくれると多くの専門家が期待しています。

 

文責 川端英孝


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