乳がん手術の新しいトレンド

 

 

虎の門病院編

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はじめに:乳がん手術の歴史について

 

1970年代まではハルステッド手術に代表される、胸の筋肉と共に乳房を全摘するような侵襲の大きな手術が、標準的な治療法として多くの患者さんたちに行われてきました。その後1970年代~80年代にアメリカ、ヨーロッパで実施された無作為化臨床試験の結果、早期乳癌に対して乳房温存手術は乳房切除と比較して同等に安全で、かつ整容性に優れている方法と位置付けられるようになり、1980年代後半には欧米で、1990年代後半には日本で劇的な変化が起こり、乳房温存手術が手術の主役の座に躍り出ました。それから四半世紀を経た今日、皮肉なことに乳房切除手術が増加傾向にあり、さらに米国を中心に対側の健康な乳房の予防的切除手術も一緒に広く行われるようになってきました。本邦のがん登録でも2008年の乳房温存率59.7%をピークに低下傾向にあります。癌手術の縮小化の先陣を切ってきた乳癌領域でその治療トレンドが大きく変化してしまったのでしょうか?

 

決して手術自体のコンセプトに変化が起きた訳ではありません。実際には遺伝性乳癌卵巣癌症候群に対する理解の深まり、癌治療成功後も続く温存乳房内の二次癌のリスクと対側乳癌のリスク評価、がんの根治性と整容性の両立を目指したオンコプラスティックサージェリーとして表現される手術手技の進歩など、様々な要因が関与して今日の変化をもたらしているのです。乳房温存手術がやっぱり危険だったので揺れ戻しが起きた、という単純な話では決してなく、多くの領域で同時期にかつ違う方向に向けた変化、進歩が起きているのです。具体的には遺伝学の進歩、乳房MRIに代表される検査技術の進歩、オンコプラステックサージェリーとして表現される手術方法の進歩、インプラントなどの素材の進歩、腫瘍の遺伝学的な解析などから得られる様々な知見などが現在の手術トレンドに大きな影響を与えています。我々乳癌治療の専門医はこれらの進歩を総合的に理解して整合性のある治療法を患者さんに提供するよう努力しているのです。

 

1)手術前に行う検査や検討項目

 

乳房内病変を確実に切除した上で、整容的に許容できる乳房が残せるなら、乳房温存療法は安全で妥当な治療法と考えられています。一見して乳房温存療法の適応外と考えられる場合を除くと、乳房温存療法が可能かどうかは、多くの場合病変の広汎な乳管内進展を伴うかどうか、乳房内に副病変があるかどうかの二点が大きく関わります。圧排性に発育する比較的大きな腫瘍は術前化学療法により求心性に収縮することが期待でき、しばしば乳房温存療法が可能になります。また遺伝性乳癌卵巣癌症候群の場合や濃厚な乳癌家族歴を有する場合、皮膚筋炎など放射線照射が禁忌となり得る場合などは乳房温存療法の相対的禁忌とされ、その観点からも術式を検討する必要があります。実際にはエコー、マンモグラフィーの基本検査に加え、造影剤を使った乳房MRI検査が行われた後、諸因子を考慮した上で乳癌の手術術式を絞っていきます。

 

2)乳房温存療法へのオンコプラスティックサージェリーの導入

 

乳房温存療法が本邦に定着して20年余がたちますが、当初はより広範囲の切除が望まれ、また切除後の欠損部の近傍の乳腺を用いた組織充填は、断端陽性の場合に再切除を困難にする観点から好まれず、積極的には行われませんでした。その後徐々に近傍の乳腺組織を用いた組織充填の工夫が行われるようになってきた。現在ではオンコプラスティックサージェリーの技術を活用して乳房内組織、あるいは乳房外組織を用いて欠損部の組織充填が行われることも多くなりました。乳房内の組織を使って欠損部を充填する方法はVolume displacement techniqueと総称され、乳房外の組織を使って欠損部を充填する方法はVolume replacement techniqueと総称されます。

 

近傍の乳腺組織を用いる方法は比較的容易に行うことができますが、より複雑な方法は手技への習熟が必要であり、デザイン力、形成外科医の協力などが必要になってきます。人工物を用いた乳房再建が保険適応になった今日では全摘、再建の方が整容的であることも多く、またこれにより放射線照射の回避を選択する方がしばしば賢明と思われます。一般的に乳房照射が原則実施される乳房温存療法は、短期的にはより整容的ですが10年、20年という単位では反対側に比べ確実に組織委縮が進行していくことも理解しておく必要があります。

 

 

3)術前化学療法を用いた乳房温存療法

 

早期乳癌に対して乳房全摘が増加しているトレンドとは別に、術前化学療法を用いた乳房温存療法の適応拡大という流れもあります。HER2(+),ER(-)症例に対するdual-HER2-blockade+化学療法のがんが完全に消失する割合は70%前後あります。このため大きな腫瘍であっても膨張型の腫瘍でかつ高い奏功率が期待できるがんのタイプであれば求心性に縮小、消失することが期待でき乳房温存療法の良い適応となります。

 

現状ではがんのタイプに関わらず、また術前療法の臨床効果に関わらず、診断時の病変を完全に切除することを前提にした手術が予定されています。しかしながらもう少し高い奏功率が期待できるようになれば術前療法後に生検のみを行い腫瘍全体を切除することなく照射をするという選択は十分成り立ちうると思われます。

 

 

4)乳房温存手術 VS 乳房全摘+一次再建手術

 

厚生労働省中央社会保険医療協議会はラウンド型シリコンインプラントの保険適用を承認し、201371日適用を開始しました。このためそれまで自費で50-100万円程度を要していたインプラントを用いた乳房再建が保険適応とされ、この手技が一気に普及していくきっかけとなりました。自施設の状況をみると現在、全症例の45-50%に乳房温存療法、25-30%に人工乳房による一次再建が選択されています。保険適応以降、適応症例が増えたことで我々乳腺外科チームだけではなく、形成外科チームとの連携が密になり、診療に関わる看護師などのスタッフもこれらの手技に慣れてよりスムーズな診療が行えるようになったことも適応増加に貢献しています。

 

またBRCA遺伝子病的変異の既知の患者さん、あるいは濃厚な家族歴を有する患者に対しては乳房温存療法が相対的禁忌とされていること、また将来対側の予防切除が検討される可能性があることを考慮し乳房温存療法は避ける方が無難と思われます。少なくともその情報を伝えた上での御本人の選択が必須と思われます。活動性の皮膚を病変に含む膠原病、特に強皮症、ループスなども照射の問題から乳房温存は相対的禁忌とされています。

 

乳房全摘+再建が多用されるにつれ、通常では乳房温存療法で問題ない症例、即ち2cm以下の小病変で乳頭からも十分距離が離れているような症例に対しても乳頭乳輪温存皮下乳腺全摘という形で全摘再建が行われるようになってきました。乳房の外見をそのまま温存するというコンセプトからこのような手術にはconservative mastectomyという言葉が用いられるようになってきました。

 

 

 

おわりに

 

最新の乳癌手術療法についての概略を述べてみました。いずれの手術方法が採用されるにせよ早期乳癌は高い局所制御率、つまりその手術によって局所の病変が高率にコントロールされることが前提の前提となっています。外科手術、放射線治療、病理診断、薬物療法、形成外科手術、遺伝診療など各領域の個別の進歩を、整合性のある形で組み合わせ、より整容性に優れ、患者負担が少ない一方で根治性も担保されている治療法を提供することが我々専門家に求められており、さらにその選択過程を如何にわかりやすく患者さんに説明するかも重要と思われます。

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