乳がんの治療:乳がんセミナー<虎の門病院編>

 

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第1章  乳がんって、どんな病気?

 

乳がんは早期に見つければ治りやすいがんです

 

《ステージ1の10年生存率は90%以上》

 

 「がん」と診断されると、ほとんどの人は大きな衝撃を受けます。

 しかし、がんにはさまざまな種類があり、治りやすいがんも治りにくいがんもあります。幸い、多くの乳がんは、治りやすいがんの部類に入ります。かかる人の率にくらべて、死亡率が低いことからもそのことがわかります。

 

 理由としては、もともと性質のおとなしいタイプのがんが乳がんに多いことが挙げられます。他のがんに比べ自分で病気をある程度の段階で発見できることや、検診で早期発見が可能なことも挙げられます。またホルモン剤や抗がん剤などの薬物による治療がよく効くことも理由のひとつです。ステージ1の乳がんでみると5年生存率は98%以上あり、10年生存率でも90%以上あります。ただ乳がんの再発は10年を過ぎても少なくないため、最終的な治癒率となるとデータを厳密に集めること自体が困難になりますが80%以上と考えられています。

 

《乳がんはゆっくり成長する》

 

 乳がんは、比較的ゆっくり成長するものが多いことが特徴です。がんは、1個のがん細胞が2個になり、2個が4個になり、というように、細胞が倍々に分裂して成長していきます。平均的な乳がんの場合、倍に増えるのに3カ月程度かかるといわれています。検査で発見できる大きさは5ミリくらいから、シコリとして触れるようになるのは1センチぐらいの大きさになってからです。1センチのがんは10億個程度のがん細胞からできています。

 1個のがん細胞がこの大きさになるまでに、乳がんの場合数年程度かかっていると考えられています。もちろん短時間で大きくなったものもあれば、もっと長い年月をかけて大きくなったものもあるでしょう。がんは細胞分裂を繰り返すにつれ、新たに転移を起こす能力を獲得する可能性があるため、なるべく早い段階で治療をすることが重要なのです。

 

《乳がんには多様な治療法がある》

 

 ただ、たとえ少し進んでから発見されたとしても、あまり気落ちしないようにしましょう。

 乳がんには、多様な治療法があります。手術で取りきれない場合でも、ホルモン療法や抗がん剤による治療があります。こうした薬剤の選択肢も多く、最近は「分子標的@ぶんしひょうてき@治療薬」という、がん細胞に的を絞った薬も誕生しています。そのおかげで、再発率も低下しています。

 また乳がんは遺伝子レベルでいくつかのサブタイプに分類できることがわかりました。この乳がんのサブタイプという考え方に基づいて、ホルモン療法、抗がん剤そして分子標的治療薬などそれぞれのがんに最適の薬を選んで治療します。こうした流れを、「オーダーメイド(テーラーメイド)治療」、あるいは「個別化治療」などと呼んでいます。乳がんは、個別化治療が最も進んでいるがんの一つなのです。

 治療法がいろいろあるので、ある程度進んだがんでも、さまざまな手法を用いて効果的に戦うことができるのです。

 

《美容的にも進歩》

 

外科治療も、命を救うだけではなく、乳房温存術が普及し、脇の下のリンパ節を無駄に切除することもなくなりました。乳房を再建する技術も進んでいます。乳がんは、治療でも美容的な面でも、最先端を行くがんといえます。

 

       

<右乳がんに対して、右乳腺部分切除+センチネル生検+乳房放射線照射(乳房温存療法)を施行>

 

 

 


   

左乳がんにて左皮下乳腺全摘(乳頭切除)+センチネルリンパ節生検+エキスパンダー再建を施行

(後日、インプラントへの入れ替え手術、及び左乳頭再建を行った方の写真です)


 

 

なぜ、乳がんは増えているのか

 

《女性ホルモンと乳がん》

 

 かつて、日本は先進国の中でも乳がんの少ない国といわれました。しかし、いまでは女性のかかるがんのトップが乳がん。計算方法にもよりますが、多く見積もると一生の間に16人に1人の日本人女性が乳がんになると予測されています。

 7~8人に1人の女性が乳がんになるとされるアメリカとくらべればまだ少ないとはいえ、日本での乳がんは増加の一途をたどっています。女性のがんでも子宮頸@頸ルビ:けい@がん(子宮の入り口にできるがん)は減少しているのに、なぜ乳がんが増えているのでしょうか。

 その原因の一つとして指摘されているのが、女性のライフスタイルの変化です。乳がんは「ホルモン依存性のがん」といわれ、乳がんの70%はエストロゲン(卵巣ホルモン)の働きで成長します。エストロゲンは卵巣から分泌され、子宮内膜@内膜ルビ:ないまく@の増殖や乳腺の増殖などをコントロールする女性ホルモンで、そのエストロゲンの働きで乳がん細胞も増殖していくのです。

 エストロゲンの分泌は、妊娠したり閉経@へいけい@すると低下します。ところが、最近は初潮@しょちょう@が早くなり、逆に閉経が遅くなっているので、それだけ乳腺がエストロゲンの影響を受ける期間が長くなっています。その上、女性の社会進出が進むにつれて高齢出産が増えたり少子化が進み、また出産しない女性も増えています。その結果、エストロゲンの分泌が止まる期間が短くなっているというわけです。

 数人の子供を持つのがあたりまえだった時代とは、ホルモン環境がかなり変わってきています。授乳も、乳がんを防ぐ方向に働きます。現代女性のライフスタイルが、乳がんの発生しやすい環境をつくっているともいえます。

 

《閉経後の肥満も危険因子》

 

 肥満も、乳がんの発生と深くかかわっています。

 かつて、日本人の乳がんは閉経前の女性に多かったのですが、いまでは閉経後の乳がんも増えています。その要因としてあげられているのが、肥満です。

 これも、やはり女性ホルモンとの関係です。卵巣からのエストロゲンの分泌は、閉経によって止まります。ところが、閉経後は脂肪細胞で男性ホルモンがエストロゲンに変換されます。そのため、肥満して脂肪細胞の量が多い人は、それだけたくさんエストロゲンがつくられることになります。その結果、閉経後もエストロゲンの作用がつづき、乳がんのリスクが高まるのです。

 食生活が豊かになり、更年期以降に肥満する女性も増えてきました。これも、乳がんを増やしている原因の一つと見られています。

 

 

 乳がんはどこから発生するのか

 

《乳腺の細胞にできるがん》

 

 ほとんどの乳がんは、乳汁@にゅうじゅう@の通り道である乳管@にゅうかん@と乳汁の製造場所である小葉@しょうよう@から発生します。

 乳房は、簡単にいえば、乳腺組織と脂肪などの皮下組織、皮膚からなりたっています。乳頭部には、乳汁の通り道である乳管が15~20ほど集まっています。その枝分かれした先にあるのが、小葉というブドウの房のような組織です。一粒一粒のブドウの実にあたるのが腺房@せんぼう@という袋状の組織で、腺房が集まって小葉を形成しています。

 乳汁は、この腺房で分泌されて、乳管を通り、乳頭から出てきます。

 乳がんの約9割は、乳管の上皮細胞から発生します。それも、小葉の近く、小葉を出てすぐのあたりにできることが多いことがわかっています。小葉で発生する乳がんは小葉がんとよばれ5%程度の頻度となっています。

 部位でいうと、乳房の外側上部に乳腺組織が多いため、乳がんもその場所にできやすくなっています。

 

《非浸潤がんから浸潤がんへ》

 

 では、乳管に発生した乳がんは、どのように成長していくのでしょうか。

 乳管は、文字通り乳汁が流れる管です。乳管の内側は、一層の上皮@じょうひ@細胞によっておおわれています。乳がんは、この上皮細胞ががん化することから始まります。最初は管の内側で増殖し、この乳管のなかで外から触れることができるほどがん細胞が増えることもあります。

 このように、乳がんが乳管の中にとどまっているものを「非浸潤@ひしんじゅん@がん」といいます。この段階では、がん細胞が無秩序に増殖しても転移は起こしません。ステージでいうと「0期」と呼ばれる状態です。

 こうした初期の非浸潤がんでも、マンモグラフィ検査やエコー検査によって見つけることができます。まだがんは発生した局所にとどまっているので、非浸潤がんの段階で発見し、適切な治療を受ければ理論上は100%治ります。つまり、完治できるのです。非浸潤がんで発見される割合は日本全体では10%程度と思われますが、検診の普及につれて上昇し高い施設では20~30%程度になっています。

 増殖した乳がんは、やがて上皮細胞を支える基底膜@きていまく@を破り、乳腺や小葉の壁を越えて乳管の外に広がっていきます。これが、「浸潤がん」といわれる状態です。シコリができてくるのもこのころからです。がんがある程度大きくなると、腫瘤@しゅりゅう@を形成するので、画像検査で発見しやすくなります。自己検診でシコリに気づくのも、大多数が浸潤がんの段階です。

 

《乳がんは全身病》

 

 しかし、ここでやっかいな問題が出てきます。乳がんは、浸潤がんになったとたんに、血液やリンパ液の流れに乗り、「転移」を起こす可能性が出てくるのです。

 「転移は、かなりがんが進行した段階で起きるのではないか?」と思っている人が多いと思いますが、乳がんの場合は、かなり早くからがん細胞が血管やリンパ管に入り、全身をめぐると考えられています。そのため、「乳がんは最初から全身病である」という意見もあります。

 浸潤がんとして発見された方は、その時点で全身にがんの芽が流れ出している可能性があります。といっても、全身に散らばったがん細胞が、即転移につながるわけではありません。大部分は、免疫などの力で淘汰@とうた@されていると考えられています。

 その中で、一部のリンパ節や臓器に流れ着いたがん細胞が、そこで生き残って根を張り、増殖すると考えられています。それが、やがてリンパ節や臓器の転移となってあらわれてくるのです。

 リンパ節の転移だけであれば十分完治できる可能性がありますが、臓器の転移は完治させることが困難になります。現在の乳がん治療は、こうした乳がんの性質をわかった上で行われています。

 現在、乳がんの手術は、乳房内のがんを確実に切除することを原則としています。60%程度の方はある程度美容的に乳房を残せるため乳房温存手術を行いますが、それができにくい方は乳房を切除(全摘)する手術を行います。確実な手術に放射線治療を組み合わせて局所のがんをコントロールし、さらにホルモン療法や抗がん剤などで全身のがんの芽を摘み取って再発や転移を防ぐ、というのが基本的な考え方になっています。

 ただし、がんが進行すれば進行するほど、再発や転移のリスクが高まることはほかのがんと同じです。早期発見が重要であることに変わりはありません。

 

どんな人が乳がんになりやすいのか

 

《40後半~50代がピーク》

 

 年齢別に乳がんの罹患(りかん)率(乳がんにかかる人の割合)をみると、30代後半から増え、40代後半から50代前半にピークを迎えていることがわかります。つまり、乳がんは、仕事や家事、子育てに忙しい年齢の女性に一番多いがんなのです。

 しかし、閉経(へいけい)したからといって安心できるわけではありません。60代後半あたりまで、やや罹患率は低くなるものの、横ばいのまま推移していきます。日本では乳がん全体が増えていますが、年齢別にみると、これまで少なかった閉経後の女性に増え欧米型の年齢分布に近づいているというのが最近の特徴なのです。

 

《乳がんのリスクファクター》

 

 乳がんのリスクファクター(危険因子)としては、

初潮(しょちょう)年齢が早い

閉経年齢が遅い

一度も出産したことがない

アルコールや喫煙

・閉経後の肥満

 などがあげられます。

 

 最初の月経や出産などに関連した項目はエストロゲンとの関係です。日本乳癌学会がまとめたガイドラインによると、これは、ほぼ確実に乳がんのリスクを高めるとみられています。

 アルコールと喫煙は、同じ嗜好品でも少しレベルが違います。アルコールは、乳がんのリスクを高めることはほぼ確実ですが、喫煙の方は可能性があるという程度です。とはいえ、喫煙は肺がんを初め、咽頭がんや食道がんなどほぼあらゆるがんのリスクを高めるので、禁煙が重要です。

 興味深いのは、肥満です。閉経後は肥満が乳がんのリスクを高めることはあきらかです。一方、閉経前の女性の場合には、逆に肥満が乳がんのリスクを減少させるという報告があります。その理由はよくわかっていませんが、肥満によって排卵@はいらん@がなくなり、女性ホルモン(黄体(おうたい)ホルモン)の分泌が停止するせいではないか、という仮説もあります。

 かつては、脂肪の取りすぎが乳がんを増やしているのではないか、といわれましたが、これは十分な根拠がないようです。反対に、閉経後の運動は確実に乳がんのリスクを減らすと評価されています。更年期を過ぎたら意識して肥満を防ぎ、運動することも大切な乳がん対策です。

 

チェックリスト

乳がんのリスクファクター

 

初潮が早い(12歳未満)

年齢が40歳以上

出産経験がない、あるいは初産が30歳以降

閉経年齢が55歳以降

閉経後の肥満

血縁者(特に母、姉妹)に乳がんの人がいる

片側が乳がんになったことがある

乳房の病気(乳腺炎など)になったことがある

子宮体がん、卵巣がんになったことがある

多量の飲酒

喫煙

 

《良性の乳腺の病気も注意が必要》

 

 放射線の大量被曝も、乳がんの確実なリスク因子です。

 そのほか、良性の乳腺の病気も場合によっては注意する必要があります。たとえば、乳腺症は乳がんとは直接関係のない乳腺の変化です。ところが、こうした乳腺が良性の変化を起こした人の中に、のちに乳がんを発症するケースがあるのです。特に、「異型過形成<いけいかけいせい>」の場合が要注意とされています。

 過形成というのは、簡単にいえば細胞が過度に増殖して増えるという意味です。がんと似た印象を受けるかもしれませんが、イボやタコも過形成の一つです。過形成はよく見られる良性の変化です。ところが、これに異型性が重なると、将来のがんの危険度が高まるのです。

 がんの病理診断は、顕微鏡で細胞の「顔つき」を見て行われます。がんとは違うが、正常細胞とも違う形をした細胞のことを異型細胞といいます。乳腺の病気で、細胞が過度に増殖し、細胞の形も少し変化しているような場合には、良性の変化と判断できても、定期的に検査を受けたほうが安心です。

 

乳がん家系は要注意

 

《家族に乳がん患者がいたら要注意》

 

 母親や姉妹など、親族に乳がん患者がいると「がんになりやすい」とされています。

 母親や姉妹に乳がん患者がいた場合、本人が乳がんになるリスクは2倍になるという分析もあります。母親や姉妹が若いときに乳がんになったほうが、よりリスクが高まる傾向があります。母親と姉妹の両方に乳がん患者がいる場合は、一層リスクが高まります。

 

《遺伝性の乳がんもある》

 

 家族の中に何人も乳がんや卵巣がんの患者がいる場合は、「家族性乳がん」の可能性も考えられます。家族性乳がんは、遺伝性のがんです。遺伝的にある種の遺伝子変異を持ち、そのために高率に乳がんを発症するのです。乳がん全体の5%程度が家族性乳がんと考えられています。よく知られているのは、BRCA1とBRCA2という遺伝子の変異です。原因遺伝子が特定できない遺伝性の乳がんもあります。

 このどちらかの遺伝子に変異があると、乳がんや卵巣がんを発症する率が高くなり、親から子供に半分の割合で同じ遺伝子異常が伝わるので、家族の中に乳がんや卵巣がんの患者が多発したりします。

 実際には、この遺伝子を持っていたとしても、必ずがんになるというわけではありません。かつてはユダヤ人の一部(アシュケナージ系ユダヤ人)に多いとされ研究が進みましたが、その後日本人にも決して少なくないことがわかってきました。

 アメリカを中心に欧米では、家族歴のある患者さんや若年患者さんの場合は遺伝子検査(血液検査)を行い、その結果で手術方法を変えることが、実際の医療現場で行われています。また卵巣や乳房に対する予防的手術が、生存率の向上につながるというデータが示されたため、特に関心を集めるようになりました。

欧米の外科医と話をすると手術術式の選択に、遺伝性乳がんの検査結果が前提となっていることに大きな隔たりを感じます。韓国でもこうした取り組みが急速に進んでいます。日本では家族性乳がんへの取り組みがまだ始まったばかりですが、データの集積、カウンセリング体制、さまざまな社会制度の整備など、取り組むべき課題が山積しています。

(ファルコホームページ)

 

こんな症状があったら要注意です

 

《小さな変化を見逃さない》

 

 乳がんを早期に発見するためには、日ごろから自分の乳房をよく見て、さわって、小さな変化も見逃さないことが大切です。気になる症状があったら、「たぶん、だいじょうぶ」と自分で勝手に判断しないで、乳腺を専門にしたクリニックなどを受診しましょう。

 

シコリ

 乳がんの症状としてもっとも多くみられるものです。乳がんのシコリは、表面がでこぼこしていてかたく、周辺に根が張ったようで動かない、という特徴があります。1~2cmの大きさになれば結構わかると思います。シコリには良性のものが多いのですが、自己判断せずに医師の診察を受けることが重要です。

 

皮膚のへこみ、ひきつれ

 乳がんのシコリが皮膚の近くにあると、皮膚が引っ張られてえくぼ状のへこみができます(えくぼ症状)。へこんでいる部分をさわると、シコリに触れます。また、すじ状のひきつれが生じることもあります。乳頭(乳首)部分が陥没してくることもあります。これらはいずれも乳がんを疑わせる重要な症状です。

 

皮膚の色の変化

 炎症性乳がんの場合は、皮膚が赤っぽくなります。これは乳がん細胞が皮下のリンパ管に浸潤するためです。細菌感染による炎症とは違い、赤みや熱感は少ないのですが、皮膚が厚くむくんだようになり、毛穴が目立つようになる特徴があります。

 

乳頭からの分泌物

 乳がんがあると、乳頭(乳首)から血のまじったような茶褐色の分泌液が出ることがあります。特に、異常な分泌液が片側の乳頭の一か所の乳管からだけ出る場合は検査が必要です。

 

乳頭部分の湿疹、びらん、かさぶた

 パジェット病という特殊なタイプの乳がんは、乳頭、乳輪部の湿疹やびらんを特徴としています。皮膚科で湿疹の治療を続けていてなかなか治らない時、このまれな病気のことを念頭におく必要があります。

 

《自己検診の方法》

 

 閉経後の人なら月に一度決まった日に、生理のある方なら月経の終わった数日後の胸の張りのない時に自己検診を行いましょう。入浴したときに、鏡を見て、まず左右の乳房の大きさや形に違いがないかどうかを調べます。また、不自然なひきつれやへこみがないか、乳頭をつまんで異常な分泌液が出ないかをチェックします。次に乳房を触診しますが、触診の仕方は、手にせっけんをつけ、指先をそろえてまっすぐ伸ばし、乳房をまんべんなく触っていきます。せっけんをつけることですべりがよくなり、シコリを見つけやすくなります。

 

[コラム] こんな症状の乳がんもありますタチの悪い炎症性乳がん

 

 乳がんの症状といえば、シコリ、乳首からの分泌物、皮膚の陥没やえくぼ、ただれなどがよく知られています。

 ところが、中にはまったく違う症状の乳がんもあります。たとえば、パジェット病。この場合は、乳頭部に湿疹やただれができて広がっていくのが特徴で、乳頭部がわからなくなることもあります。一見皮膚病のように見えることもあります。日本人にはそれほど多いがんではありませんが、わりあいタチがよく、治りやすいがんです。

 気をつけなくてはならないのは、炎症性乳がんです。炎症性乳がんは、その名のとおり、炎症に似た症状が特徴です。乳房の皮膚が橙@だいだい@の皮のような厚みと色合いになり、熱っぽく痛みます。これは、皮下のリンパ管に浸潤したがんが増殖してリンパの流れが詰まり、リンパ液のうっ滞を起こすことが原因です。シコリにならず、乳房全体の腫れを特徴にするため、がんとは思わない人が多いので、要注意です。

 炎症性乳がんは、進行が早くタチの悪いがんです。気になる症状があれば、すぐに乳腺を専門にしたクリニックなどを受診しましょう。

 

乳がんを見つけるための検査

 

《異常の有無をみる検査》

 

 乳がんを見つけるための検査は、視触診、マンモグラフィそして超音波検査の3つが基本です。

 

マンモグラフィ

 乳房を2枚の板ではさみ、X線で乳腺の状態を撮影する検査です。小さなシコリだけでなく、シコリになっていない微細な石灰化を見つけられるのが特徴です。乳腺内にとどまる非浸潤がんは、何の症状もありませんが、増えたがん細胞にカルシウムが沈着して石灰化としてレントゲンにとらえられます。石灰化の大部分はがんが原因ではありませんが、石灰化の形や分布などのパターンから、がんの可能性の有無を判断します。こうして見つけた石灰化をマンモトーム検査という方法で採取して病理検査を行います。これにより小さな非浸潤がんの診断が可能になります。

 

超音波検査

 マンモグラフィは、自治体などの検診にも導入されて、乳がんの早期発見に力を発揮しています。しかし、若い人の乳房には十分とはいえません。なぜなら、がんは画像上白く写るのですが、乳腺も白く写るため、若い人は乳腺が発達しているので乳房全体が白くなり、がんがわかりにくいからです。これを補うのが、超音波検査です。超音波検査は、皮膚の上からプローブという端子@たんし@をあてるだけなので、患者さんに負担がないのも長所です。

 

《がんの確定診断》

 

 マンモグラフィや超音波検査で疑わしい兆候があった場合に、がんかどうかを確定するために行うのが、細胞診や針生検などの精密検査です。

 

細胞診<さいぼうしん>(穿刺吸引<せんしきゅういん>細胞診)

 疑わしいしこりに細い注射針を刺して、細胞を吸引します。採取した細胞を染色して、顕微鏡でその細胞を調べる検査です。細胞の形態は、以前は5つのクラスに分類されていましたが、現在は「正常」「悪性の疑い」「悪性」という3段階に分けられています。

 細胞診は、麻酔もせず、割合簡単にできる検査なのですが、診断の確実性がしばしば問題になります。また最近は診断の確実性だけではなく、がんの場合ホルモン受容体、HER2受容体、そしてKi67などの増殖マーカーが重視されるようになりました。このため現在では細胞診ではなく針生検<はりせいけん>が第一選択になっています。

 

 

生検<せいけん>(組織診)

 シコリや石灰化した部分の組織を採取して、がん細胞があるかどうかを顕微鏡で調べる検査です。 生検には、針(鉛筆の芯ぐらい)を刺して組織を採取する針@はり@生検と、乳房を切開して組織を取ってくる切除@せつじょ@生検(外科生検)があります。いずれも局所麻酔をして行います。

 切除生検の場合は、疑わしい組織を切除して調べるので、確実性が高いのが利点です。しかし、小規模な手術になるので、2~3センチの傷痕が残ります。実際には、検査を行っても、がんではない場合のほうが多いので、最近は他の方法でどうしても診断がつけられない場合に限定されて行われています。

 通常は、超音波の画像で針先を確かめながら組織を採取する針生検(超音波ガイド下針生検)が行われます。

 ただし、石灰化で見つかった微小ながんの場合は、もう少し多くの組織を取って調べる必要があります。こうした場合に効果的なのが、マンモトームという針生検(吸引式針生検)です。これは、マンモグラフィでリアルタイムにとらえた石灰化部分にコンピュータを使って正確に針を刺し、組織を採取する方法です。針が少し太め(3ミリぐらい)なので、採取できる組織の量も通常の針生検より多く、十分な検査ができます。

針生検やマンモトームで組織を採取し、がんの診断だけではなく、ホルモン受容体、HER2受容体、組織異型度、Ki67などさまざまな因子も同時に調べ、治療計画を立てるというのが基本的な流れになっています。(マンモトームの写真やイラスト)

 

《特殊な検査》

 

 このほか、乳頭部から分泌物がある場合には、乳管の中に造影剤@ぞうえいざい@を入れてX線撮影をする乳管造影検査や、直接乳管に極細の内視鏡を挿入して、内部の状態を観察する乳管内視鏡検査があります。内視鏡検査は、同時に生検のための組織を採取することもできます。

 

治療方針を決めるための検査

 

《がんの乳房内の広がり診断に役立つ造影MRI検査》

 

 乳がんと診断されると、次には治療方針を決めたり、手術の方法を決めるために、MRI(磁気共鳴画像診断装置)やCT(コンピュータ断層撮影)による画像診断が行われます。

 いずれも、造影剤を点滴しながら、検査を行います。MRIは狭いトンネルの中に入るため、圧迫感を感じる人もいるかもしれません。

 CTは、X線で人体を輪切りにして撮影し、内部の状態を見る検査です。輪切りと輪切りの間に小さながんがあるような場合には見つけにくいのが難点でしたが、最近ではヘルカルCTが普及し、らせん(ヘリカル)状に体を撮影していくので、小さながんも発見できるようになりました。高速で頭の先から爪先まで撮影ができ、画像が精密なのも利点です。がんの広がりを見ることもできるので、手術の範囲を決める場合にも役立ちます。

 MRIは、磁気を利用して、タテ、ヨコ、ナナメ、好きな方向から人体の断面をとらえることができます。造影剤(ガドリニウム)を利用することで、かなり正確に乳がんの位置や広がりをとらえることができるようになっています。CTMRIではMRIの方がより解像度が高いため、乳房内の広がり診断としては通常造影MRIが選択されます。

 

《そのほかの検査》

骨シンチグラフィ

 骨転移の有無を調べる検査です。放射性同位元素(アイソトープ)を血管に注入し、特殊カメラでアイソトープの集積した部位をとらえます。アイソトープは骨の再生が活発に行われている部位に集まるので、骨に転移しているかどうかがわかります。ただし、骨折や炎症でも骨の再生は活発になるので、アイソトープが集積したからといってがんとは限りません。

 

腫瘍マーカー

 がんに関連する特殊な物質を測定して、がんの有無や量を推定する検査です。主に血液中の物質が測定されます。

 乳がんの場合は、CA15-3CEANCC-ST-439などの腫瘍マーカーがありますが、臓器転移を起こさないと上昇しないことがほとんどなので、早期診断には役立ちません。

 

PET-CT(ポジトロンCT)

 PETは、全身のがんをチェックできるのが利点です。がん細胞は活発に分裂するため、エネルギー源としてブドウ糖を大量に消費します。そこで、FDGというブドウ糖に似た物質を注射し、その分布からがんをとらえます。ただし、1cm程度の大きさがないととらえられないため、乳がんの場合は転移診断や他の病気の除外診断を目的に利用されます。また炎症を起こした部位や脳は、ブドウ糖の消費が激しいので、がんとの鑑別がむずかしいといった欠点があります。

 

乳房MRI検査

 

 

[コラム] 乳がんと似た病気、まちがいやすい病気

 

 乳房のシコリやひきつれ、乳頭からの分泌物、といった症状があると、つい乳がんを疑ってしまいがちですが、しかし、乳がんと似た症状を示す病気は意外に多いのです。

 

乳腺炎@にゆうせんえん@

 乳腺が細菌感染によって炎症を起こし、赤くはれたり、痛み、うみ、シコリなどが見られます。授乳期に乳頭部が傷ついて起こる場合と、授乳には関係なく起こる場合があります。いずれも抗生物質で治りますが、炎症性乳がんもよく似た症状を起こすので、注意が必要です。

 

乳腺症<にゆうせんしよう>

 30代から40代の女性に多く、乳房にシコリや痛み、はれ、ときには乳頭部から透明な分泌物が出ることもあります。乳がんを心配して病院を受診する人の多くがこの状態です。乳腺症はホルモンのアンバランスが原因といわれ、特に治療の必要はありません。症状は月経に連動して強くなったり弱くなったりをくり返すことが多く、閉経<へいけい>すると軽快<けいかい>していきます。がんとは関係のない変化ですが、乳がんのシコリを見落とす危険もないとはいえないので、正確な診断のためには乳腺専門のクリニックなどへの受診が必要です。

 

線維腺腫<せんいせんしゆ>

 20~30代の若い女性に多い良性のしこりです。乳房に固くてクリクリしたシコリができ、触るとよく動きます。針生検で確実に診断できれば特に治療の必要はありませんが、2~3センチを越えて大きくなるようならば、手術で摘出することも考慮されます。葉状<ようじょう>腫瘍というやわらかいシコリをつくる特殊な腫瘍との鑑別が必要になることもあります。

 

葉状腫瘍

 楕円<だえん>形のやわらかいシコリで、乳腺組織を構成する間質細胞から発生します。2~3カ月で急に大きくなることが多く、中には悪性のものもあるので、きちんと診断を受けましょう。葉状腫瘍と診断されれば、1cm程度の幅の正常の乳腺組織で腫瘍を包み込むようにして切除します。

 このほか、乳頭から血液まじりの分泌物が出る乳管内乳頭腫<にゅうかんないにゅうとうしゅ>という病気もあります。これは、乳管の中にポリープのようなできものができる病気です。乳がんでないことを確実に診断することと乳頭分泌を止める目的でしばしば腫瘍が摘出されます。

まれに乳房に原発する悪性リンパ腫や肉腫系の腫瘍もありますが、乳房にできる重要な病気は乳がんだけと考えていただいて問題はないと思います。

 

葉状腫瘍のマンモグラフィー写真

 

 

 

 

第2章  乳がんの治療法

 

がんの治療を始める前に考えておきたいこと

 

《考える時間はあります》

 

 乳がんという診断を受けた直後は、頭の中が真っ白になってしまうかもしれませんが、これから考えなくてはならないことがいろいろ出てきます。

 仕事や家事も休まなければならないので、その手当ても必要です。入院中に必要なものもそろえなければなりません。そして、何より大切なのは、自分自身が納得できる治療法を選択することです。もちろん、がんの進行病期や乳がんの性質などによって、治療選択肢はしぼられてきますが、患者さんの価値観や人生観、置かれた環境や経済的な背景など、個人的な条件もまた大切な選択基準になります。

 「そんなに考えている時間なんてあるの?」「検査を受けた病院で治療のレールに乗るだけではないの?」と思っている人も多いと思います。

 しかし、乳がんは比較的進行のゆっくりしたがんです。一週間の間に答えを出さなくてはならない、というものでもありません。

 生検や細胞診のためにシコリに針をさすと、がん細胞が飛んだり、血液に乗って転移をする恐れがあるので、すぐに手術をした方がいいと思っている人もいるかもしれません。しかし、この説には科学的な根拠も医学的な合理性もないようです。特に早期がんの場合、1月程度治療開始が遅れたからといって、大きな違いはないはずです。

 ただ、診断結果がわかったら、できるだけ早く治療を開始したいと思うのも人情です。それなりのレベルの病院は治療の順番待ちで混んでいます。そう考えると、もし検査結果が悪性だったらどうしようという心準備は検査の途中で必要と思います

 

《治療のスケジュール》

 

 治療のために、仕事や家事、育児をどのくらい休まなければならないのでしょうか。

 乳がんの治療は、入院・手術が基本ですが、その後も通院治療を行います。ケースによっては、手術の前に抗がん剤による治療を行うこともあります。いずれにしても、手術検体の病理検査の結果をベースに治療法を確定させるため、この結果が判明するまで、治療法のタイムテーブルを決めることができません。病理結果は通常手術後1~2週間程度かかります。

 そのあと、放射線治療やホルモン療法、抗がん剤治療などが必要になるのが一般的ですが、こうした治療もほとんど通院で行われます。抗がん剤の副作用には個人差があり、投与後倦怠感<けんたいかん>や悪心<おしん>で数日寝込んでしまう人もいれば、あまり副作用の出ない人もいます。

 仕事は、事務的な仕事ならば、多くの人は退院後すぐにでも復帰することが可能です。ただ、ラッシュ時や長距離の通勤はつらいかもしれません。こうしたことを考えると、入院も含めて1カ月ぐらいの休暇を取り、通院治療の必要性や、治療計画の変更の可能性もあらかじめ勤め先に話しておくことが理想的です。

 家事も、ほとんどの人は退院後すぐに可能ですが、最初から以前どおりに動かないで、初めは家族や姉妹など気の置けない人に手を貸してもらい、徐々に体を慣らしていくようにできれば楽でしょう。

 

《治療費用の問題》

 

 入院費用は、治療の方法や、使う抗がん剤の種類、入院日数、差額ベッド代が必要な部屋に入るかどうかなどによって変わってきます。平均的なところでは、差額ベッド代がない場合、手術をして1週間ほど入院すると60~70万円かかります。実際には健康保険が適応されるため、3割負担ならば20万円前後が患者さんの負担となります。

 さらに、高額医療費制度で、自己負担限度額を越える医療費は還付されます。事前に手続きをすれば、最初から自己負担限度額を越える費用は補助を受けられます。ただし、高額医療費は月単位で計算されるので、入院が月をまたぐと高額医療費に該当しなくなる場合もあります。

 また、最近は分子標的治療薬など、高額な薬剤が増えているのも事実です。万一に備えて、一般の医療保険やがん保険に加入している人も多いと思いますが、通院治療が支払いの対象になるかどうかも確認しておくとよいでしょう。

 

《病院と医師の選択》

 

 どの病院で、どのような医師に治療してもらうかは最初に考えなければならない重要な問題です。国によって事情は違いますが、日本の現状からすると乳腺外科医が診断、手術およびその他の治療計画を立てることになります。日本乳癌学会が乳腺専門医の認定を行っているので、こうした医師が常勤している病院での手術が基本になります。

 乳がんは、放射線治療や抗がん剤などの薬物療法も行うことが多いので、放射線治療の専門医や、薬物療法の専門医(腫瘍内科医)も必要です。再建手術には形成外科医の協力、さらに診断のため病理の専門医、放射線診断の専門医も必要になってきます。乳がんに限った話ではありませんが、近年治療内容が複雑化し、専門性が高まってきたため、乳がんに関しては年間手術件数200例以上の施設が一般的には望ましいでしょう。

  その上で、「こちらが疑問に思ったこと、不安に思うこと、質問に対してきちんと説明してくれること」が、医師との信頼関係を築くためには重要です。

どんな治療法があり、その長所と短所はどんなところか、現在の標準治療はどういう方法なのか、先生はどの治療法をベストだと思うのか、など、気になることはあらかじめメモにしておいて聞いてみましょう。セカンド・オピニオンを認めてくれるかどうかも重要なポイントです。

 とはいえ病院を渡り歩いて、病院や医師を吟味していくことは時間的なことを考えただけでも現実的ではないと思います。経験者に聞いてみてあの病院がいいよ、とかあの先生がいいよといってくれる病院なり、医師なりを受診するのがいい出会いの近道であることは言うまでもありません。

 

《病院スタッフも強い見方》

 

 最近の病院には、医師や看護師など直接治療にたずさわる人だけではなく、ソーシャルワーカーや心理療法士など、患者のサポートを専門にするスタッフもいます。こうしたスタッフは、患者の目線で治療の不安や医師との関係、職場復帰の問題、入院中の家族のこと、経済的な問題などの心配事の相談にのったり、活用できるシステムの紹介などをしてくれます。困ったことがあれば、何でも相談してみましょう。

 なお、入院に必要なものは、どこの病院でもたいてい一覧表にして渡してくれます。また、病院内の売店でも一応のものはそろえてありますから、あまり神経質にならなくてもだいじょうぶです。

 

[コラム] 標準治療とは

 

 乳がんの治療を受ける前に、ぜひ知っておきたいのが「標準治療」です。

 がんの治療は日進月歩です。手術方法も変われば、ホルモン剤や抗がん剤も次々に新しいものが開発されています。その中で、どの治療が一番効果的なのか。以前は、権威といわれる人の説など、あまり科学的とはいえない根拠で治療法が選ばれることもありました。しかし、いまは世界的なレベルで大規模な臨床試験を行い、どの治療法の効果が一番高いのか科学的に検証されています。こうした科学的根拠に基づいて生まれたのが標準治療なのです。

 したがって、標準治療は現時点で最も効果が高いと思われる治療法です。新たな臨床試験の結果によって、標準治療も変わっていきますので、治療を受けるときには標準治療を基準に医師と相談します。日本の標準治療は、『患者さんのための乳がん診療ガイドライン』(日本乳癌学会編、金原出版)に説明されていますので、医師と話し合う前に読んでおくと役立つでしょう。

 なおこうした出版物によるガイドラインは内容の更新が遅れ、実情にあっていないという欠陥がありました。今後はオンライン版に変更され、定期的に更新される予定になっています。(2011年5月時点では海外のものしかありません)

 

セカンド・オピニオンとは

 

《最善の治療法を選ぶために》

 

 セカンド・オピニオンとは、患者さんが納得できる治療法を選択するために、担当医(がんの診断をした医師)以外の医師から、意見や情報提供を受けることです。

 以前は、乳がんの治療法も病院や医師の考え方でかなり幅がありました。特に、乳房温存療法が導入されたころは、まだ日本では乳房全摘術が一般的で、受診する病院や医師の考え方で、乳房が温存されることもあれば全摘されることもあるという時代があったのです。

しかし、現在では各種ガイドラインが公開され、情報へのアクセスは容易になり、一般の方でも各病院の手術件数、治療内容、スタッフの陣容、専門性などを知ることも容易になってきました。

医師の立場からしても自分の専門分野での世界、日本の動向を把握することが以前に比べると容易になってきています。このため、病院や医師によって治療法が全く異なるということはなくなってきたと思います。

それでも医師の説明が十分でなかったり、別の治療法について知りたい、あるいはもう少しほかの医師の意見も聞きたいというときには、セカンドオピニオンが役立ちます。同じ治療法でも、説明する医師によって情報提供の仕方が異なることもあります。あとで後悔しないためにも、複数の医師の意見を聞くことは決して無駄ではありません。

 セカンドオピニオンを求めるためには、担当医に紹介状を書いてもらい、検査データを借りて持参します。現在は、セカンドオピニオンを求めることが一般的になっているので、医師の側も露骨に嫌な顔をすることはないはずです。もし、ここで不機嫌な態度をとるようならば、むしろ治療を受ける前に病院をかえた方がいいかもしれません。セカンドオピニオンを求めることは患者さんの基本的な権利だからです。

 ただし、セカンドオピニオンは決してドクターショッピング(次々と医師をかえること)ではありません。情報を提供してもらって、患者さんの不安を除くことが目的であり、気の合う医師を探すことが目的ではありません。治療内容、治療レベルに明らかな差がある場合を除き、納得できたら元の病院で治療を受けるのが原則です。

 

乳がんの進行期と性質

 

《早期がんは期まで》

 

 乳がんの治療法は、がんの進行期と乳がんの性質によって決まってきます。

 以前は、進行期が治療法を決める要@かなめ@でしたが、現在は乳がんの個別化治療が進み、乳がんの性質がより重視されるようになっています。

 表のように、乳がんはシコリの大きさとリンパ節転移の有無、遠隔臓器への転移があるかどうかで、8つのステージに分類されています。

 0期は乳腺内にとどまるがんで、「非浸潤がん」と呼ばれます。シコリが2センチ以下でリンパ節転移がないのが期です。ここまでを早期がんということもあります。

 期は、シコリの大きさとリンパ節転移の有無でA期とB期に分かれます。期は局所進行がんです。シコリの大きさが5・1センチ以上で、脇の下のリンパ節に転移があるのがA期です。BC期は、シコリの大きさと関係なく、どの部位のリンパ節に転移があるか、がんが皮膚などに食い込んでいるかどうかで決まります。

 期は、肺や骨など遠くの臓器に転移している状態です。

 

《個別化治療とがんのサブタイプ》

 

 一方、現在、治療の上で注目されているのは、がんの性質をあらわすサブタイプという分類です。

 分子レベルでがんの研究が進んだ結果、乳がんは遺伝子レベルで5つのタイプ(型)に分かれることがわかりました。ただ遺伝子検査は煩雑で実用的でないため免疫染色を用いて簡便に5つのサブタイプに分類することが一般的になっています。この分類により薬物療法の効果を予測できるようになりました。

 ホルモン療法は、エストロゲン受容体が陽性ならば、効果があります。分子標的治療薬のトラスツズマブは、HER2@ハーツー@受容体が陽性ならば効果があります。

 ルミナルA型は、ホルモン療法は効くのですが、HER2受容体が陰性なので、分子標的治療薬のトラスツズマブは効かないタイプです。がんは、元の細胞に近い顔をしている(高分化型)ほどタチがよいといわれます。ルミナルA型は分化度も高く、全般的にがんとしてはおとなしいタイプといわれています。乳がん患者さんの約5割はこのルミナルA型に分類されます。

 これに対して、ルミナルB(HER2陽性)型はどの治療も効果が期待できます。といえば、非常に治りやすくみえますが、薬物治療がなければ成績の悪いタイプですが適切な治療で成績は良くなりました。ルミナルB(HER2陰性)型はルミナルA型に似ていますが、がんの増殖能が高く、再発率が高く、抗がん剤が有効という特徴を持ちます。ルミナルABKi67という増殖マーカーのスコアで分類します。14%以下がA型、14%より高値をB型と分類しています。(2011年3月ザンクトガレン国際会議)

HER2陽性のタイプは、以前は非常にタチが悪いといわれていましたが、いまはこのタイプに効くトラスツズマブができたので、かなり治療成績がよくなりました。

 問題は、どの受容体も持たないトリプルネガティブ型です。このタイプは、ホルモン剤もトラスツズマブも効かないため、治療がむずかしい乳がんといわれています。しかし、現在、世界中でこのトリプルネガティブの乳がんを何とかしようと研究が進んでいます(ページ)。

 

《進む個別化治療》

 

 前述の細胞増殖に関与するKi67というタンパクの発現量は、乳がんの悪性度を見る指標になるとともに、抗がん剤の効果予測に役立ちます。がん細胞の分化度なども、がんの性質を知る大きな手がかかりです。閉経前か閉経後か、リンパ管や血管に浸潤しているかいないか、脇の下のリンパ節転移があるかどうか、などもがんの性質を知る重要なポイントです。

 こうした性格から、乳がんをこまかく分類し、それぞれに合った治療法や治療薬を選択するのが、乳がんの個別化治療です。特に、遺伝子によるがんの解析が進み、今後ますます細分化されていくものと思われます。

 自分のがんはどのタイプなのか、治療を受けるにあたってきちんと理解しておきましょう。

(乳がん進行期、サブタイプ図表)

 

 

乳がん治療の基本

 

《多様な治療の組み合わせ》

 

 乳がんは、がんの中でも治療法の多いがんです。

 手術が基本であることはほかのがんと同じですが、これに放射線療法や、ホルモン剤、抗がん剤、分子標的治療薬による薬物療法を組み合わせて治療を行います。

 男性の前立腺がんには男性ホルモンが関係していますが、乳がんには女性ホルモンが深くかかわっています。こうした女性ホルモン依存性のがんが、乳がんの7割前後を占めています。このタイプのがんは、女性ホルモンの働きを薬によってブロックすることで、がんの勢いを止めることが可能となります。

 また、分子標的治療薬は、がんの特徴的な目印に的をしぼって攻撃する薬で、HER2受容体に的を絞ったトラスツヅマブやラパチニブなどがあります。

 このように、乳がんは薬物療法だけでも、ホルモン剤、抗がん剤、そして分子標的治療薬と3種類もあります。

 その一方で、乳がんは割合早くから転移をする可能性があります。乳管から発生したがんが、その外側に浸潤するようになると、早くも転移の危険が出てきます。早くから血液やリンパ液の流れに乗って、がんの芽が全身をめぐっている可能性があるので、その意味で乳がんは「全身病」と呼ばれています。

 

 そのため、手術でがんを摘出しただけでは十分とはいいきれません。そこで、こうした芽をつぶして再発や転移の危険を抑えるために、手術後はホルモン療法や化学療法(抗がん剤治療)を併用して治療を行います。つまり、乳がん治療は、手術というがんの「局所療法」と、薬物療法という全身に効果のある「全身療法」が組み合わされて成立します。手術だけで治療が終わることは、0期以外の乳がんの場合ほとんどないといっていいでしょう。

 放射線療法も、乳がんにはよく効きます。放射線療法は、効果のあるがんとないがんがあるのですが、乳がんは効果のあるがんに入ります。そこで、手術でがんを摘出したあと、局所療法として放射線療法を組み合わせます。特に乳房温存療法は、放射線療法と組み合わせることではじめて完成する治療法です。

 乳がん治療は、手術のあと、必要な薬物療法を継続するとともに、きちんと定期的に検査を受けて経過を観察することが大切です。

 

《進歩する手術療法》

 

 乳がんの手術方法も、ここ20年ほどの間に日本で大きく変化しました。

 わずか20年前まで、乳がんの手術といえば、胸の大胸筋と小胸筋まで切除するハルステッド法がまだあたりまえに行われていました。ハルステッド法は「定型手術」と呼ばれ、代表的な手術法のひとつでした。

 これは、「がんを根こそぎ取る」「リンパ節転移があっても、取ってしまえば安心」といった考えに基づくものでした。しかし、筋肉まで切除した結果、あばら骨が浮き上がり、女性にとってはかなりつらい手術でした。

 

 乳がん手術は1970年代~80年代に、欧米で激しい論争を伴いながら改良、縮小されていきました。まずはハルステッド法から、大胸筋だけを残す、あるいは大胸筋と小胸筋の両方を残す胸筋温存乳房切除術へ、手術法がシフトしていきました。そしてそれほど時間をおかず、乳房温存手術へのシフトが起きたのです。

そして限局した乳がんであれば、乳房をすべて切除した場合と、乳房を残して乳房を部分的に切除した場合とで治療成績に差がないことがわかりました。これを契機に、乳がん治療の考え方は大きく変わり、日本でも乳房温存手術が急速に普及していきました。

 

 いまでは、乳がんの手術を行う場合、まず乳房温存療法が可能かどうかを考えます。それが無理ならば、胸筋温存乳房切除術を行うのが一般的です。そして日本の主要な病院では、乳がん手術の約6割が乳房温存療法によって行われています。

 

 一方、脇の下のリンパ節(腋窩@えきか@リンパ節)郭清@かくせい@も、リンパ浮腫@ふしゅ@や炎症など、さまざまな後遺症や合併症を起こして女性を苦しませる原因となっていました。これも、いまではセンチネルリンパ節生検(ページ参照)という検査法が開発され、それによってリンパ節を取るか取らないかを決めるようになり、転移のない患者さんはこの郭清手術の後遺症から解放されることになりました。

 

乳がん治療の変遷

 

《乳がん治療の流れ》

 

 以前は一律に乳房を切除されていた乳がんも、現在は乳房温存療法を中心に、がんの進行度や性質に合わせた治療が行われるようになっています。

 ここで、おおまかに治療の流れを説明しておきましょう。基本的には、乳がんという診断がつき、手術が適応となれば、乳房温存療法が可能かどうかを検討します。場合によっては、抗がん剤を使った術前化学療法を行い、がんを小さくしてから乳房温存手術を行います。乳房温存療法の適応にならない場合には、乳房切除術が行われます。この場合、患者さんの希望と病状に基づいて、乳房再建手術を同時に行う場合もあります。

 手術前にあきらかな転移があれば別ですが、転移がないようであれば、手術中、場合により手術前にセンチネルリンパ節生検を行います。センチネルリンパ節に転移がないとわかれば、腋窩リンパ節の郭清は行われず、手術は終了です。

 その後、手術で摘出したがん細胞の組織を調べ、その検査結果によって、再発予防のためにホルモン療法や、抗がん剤による術後補助療法を行います。また放射線の適応のある方は通院で放射線治療を受けます。術後10年経てば、再発の可能性は少なくなりますが、乳がんは極端に進行が遅いタイプもあるため、「もう、だいじょうぶ。転移や再発の危険はもうありません」とお墨付を出すのは20年後を経ても困難です。

 

がん治療の流れ

乳房温存療法

 

《大切な断端検査》

 

 乳房温存療法は、乳房を残してがんの病巣とその周囲だけを切除する方法で、現在の乳がん手術の中心になっています。

 最近は、乳輪@にゅうりん@に沿って切開し、そこからがんを摘出@てきしゆつ@するなど、外見的にほとんど傷痕がわからない工夫も進んでいます。実際には、安全域を見込んで、周囲に1~2センチほどのゆとりをもってがんの病巣をくり抜くように切除します。乳頭部を中心に、扇型に乳房を部分切除する方法(乳房扇状部分切除術)が行われることもあります。

 乳房温存療法の目的は、第一に、まずがんを取りきること、そして乳房を元の形に近い状態で残すことです。当初、特に日本では、がんの取り残しと局所再発を危ぶむ声もありましたが、現在は、放射線療法と併用すれば、治療成績は乳房切除術と変わらないことが認められています。

 しかし、乳腺を部分的に切除する手術なので、取り残しを防ぐためには、がんの広がりを正確に把握することが必要です。そのため、超音波検査やマンモグラフィ、造影剤を使ったMRI検査(ガドリニウム造影MRI検査)などを行います。検査機器の性能も向上しているので、かなり内部の状況を把握できるようになりました。

 しかし、それでもがんの広がりを外から正確にとらえることは困難です。そのため、手術で摘出した組織の端(切り口)を顕微鏡で調べ、がん組織の遺残の有無を調べる「断端@だんたん@検査」を行います。断端検査では、切除した組織の断面やその周辺にがんがないかどうかをチェックします。がんが見つかれば、断端陽性といい、乳房にがんが残っている可能性が高いと考えられます。

 

《術後の放射線治療が必須》

 

 もう一つ、重要なのが放射線治療です。乳房温存療法は、放射線治療とセットで行われる治療法です。

 1970年代から80年代にかけて世界で行われた大規模な臨床試験では、断端検査が陰性、つまり手術で一応がんが取りきれたと判断できるケースでも、放射線照射を行わないと、約40%もの人に乳房内の局所再発が起こると報告されています。これでは、乳房全摘術と同等の手術とはいえません。しかし、手術後に乳房に放射線を照射すると、乳房内再発率は約10%にまで減少しました。

 放射線の照射で、再発を100%抑えることはできませんが、再発率を約3分の1に減らすことができます。これは、検査ではとらえ切れない乳房に遺残したがん病巣を放射線がたたいてくれるからです。

 したがって、乳房温存手術後には放射線治療が必須なのです。放射線照射は、外来通院で行われます。温存した乳房だけではなく、脇の下のリンパ節に転移がたくさんあった場合には、胸壁や鎖骨の上、頸の付け根部分にも放射線を照射します。詳細は、放射線治療のページを参照してください。

 高齢者の場合には、比較的乳房内への再発が少ないこと、また放射線治療による合併症のリスクと余命を秤@はかり@にかけ、放射線照射が省かれることもあります。しかし、ふつうは放射線照射が必須と考えてください。乳房内の局所再発率が低下することで、生存率も高まると考えられています。

 

乳房温存療法の方法

 

乳房温存療法の適応

 

《大きさより乳房とのバランス》

 

 では、どの程度の乳がんまでならば、乳房温存療法が受けられるのでしょうか。

 日本では乳房温存療法の導入初期に3センチ以下のがんまでが適応とされた時期もありました。経験が増えるにつれこの枠組みは一応参考程度となり、がんを確実に取りきった後に、美容的な乳房が残せるかどうかが、乳房温存療法適応の基準とされるようになりました。

 同じ4センチのがんといっても、乳房の大きさや、しこりのできた場所などによって術後の変形の程度が大きく異なるからです。

 

《がんを小さくして乳房温存》

 

 また、現在は術前化学療法という方法も用いられるようになりました。術前抗がん剤には薬剤の効果判定などのいくつかの目的がありますが、がんが大きすぎて乳房温存療法の対象として難しい人に対して行い、乳房温存が可能にすることもその目的の一つです(化学療法の項参照)。

適応を選べば抗がん剤を投与することで、80~90%の人はがんが半分以下に縮小します。特にHER2陽性タイプ、トリプルネガティブタイプ、ルミナルBタイプには効果が期待できます。一方ルミナルAタイプには術前抗がん剤の有用性が明らかではないため通常は行われず、術前ホルモン療法が注目されています。

 術前ホルモン療法は閉経後の患者さんには臨床現場でもケースバイケースで行われるようになりまし。ただ閉経前の患者さんに対しては臨床試験ベースで行うべき実験段階にあると現在はまだ考えられています。

 術前療法は大きなしこりを小さくすることは可能ですが、乳房の中にがんの病巣が広範囲に広がっていたり、多発している場合は、結局乳房切除が必要になります。この場合は乳房温存を目的とした術前療法は避け、乳房切除を行い、美容的な観点からは乳房再建手術の方が望ましいと考えられています。

 

《乳房温存に不向きな人》

 

 乳房温存療法が不向きなケースというのはどういう場合か、あらためて整理してみましょう。これをまとめたのが上の表です。

片側の乳房に複数のがんがある

がんが広範囲に広がっている

妊娠中の人

皮膚筋炎、多発筋炎などの膠原病の人

以前に、手術をする側の乳房や胸郭に放射線照射を受けたことがある人

 また、患者さん自身が放射線照射を希望しない場合や、乳房とがんの大きさのバランスが悪い場合にも、乳房温存療法は適応となりません。

 

乳房温存療法後の再切除と術後補助療法

 

《断端陽性は再手術》

 

 乳房温存療法では、がんが取りきれたかどうかを判断するために、断端検査を行います。

 切除した組織の端や、その周辺にがん病巣がないかどうかをチェックします。断端検査は、乳房内再発、つまり残した乳房にがんが再発する可能性を見る重要な検査です。この検査で陽性と出た場合は、もう一度手術を行い、断端陰性を目指します。

 断端陽性で追加の切除が乳房全摘になってしまう場合は、通常行われる放射線治療に、さらに放射線照射を追加する(ブースト照射)場合もあります。

 無理な乳房温存手術をするよりは、乳房再建手術を選択した方が、美容的でより安全と考えられます。このような判断は個別の患者さんベースでの検討が重要で、なかなか一般論では語れません。こういう問題こそ担当の医師とよく相談する必要があります(乳房切除の項参照)。

 余談ですが断端の評価方法もさまざまで、断端陽性の定義もさまざまです。がんが露出していなければ陰性とするのが国際的には最も受け入れられていますが、日本では5mm以上離れていないと陰性としないという基準を採用している施設が多数です。臨床医学データを解釈する際、どういう基準(プラットホーム)で集められたデータかが重要になります。

 

《病理検査で術後補助療法を決定》

 

 一方、手術で摘出した組織は、ホルマリン固定された後、薄くスライスされて顕微鏡による病理検査が行われます。その結果によって、手術後の治療方針が決まります。

 最近は術前に針生検を行うことが多いので、術前にがんの組織タイプ、異型度、ホルモン受容体の有無、HER2結果などがすでに分かっています。

 手術後の病理検査で、これらの因子の再確認とともに、がんの大きさ、リンパ節転移の有無や個数、がんが取りきれているかどうかなどさまざまなことを調べます。

 

術後補助療法を決める上で特に重要なのが、ホルモン受容体の有無と、HER2蛋白の過剰発現の有無です。ホルモン受容体が陽性ならばホルモン療法が、HER2蛋白が過剰発現していれば分子標的治療薬のトラスツズマブが有効ということを意味しています。

 がんの再発のリスク評価と前述したサブタイプに応じて治療法が決められます。すなわちホルモン療法、抗がん剤、分子標的治療薬、のうちどの治療法が効果的か、あるいは具体的にどの薬剤をどの順番でどれだけの期間投与するのかが決められます。

これが術後補助療法です。0期以外の乳がんの場合、ほとんどの人が手術だけではなく、補助薬物療法を受けることになります。それによって、あきらかに再発率が下がることが証明されているからです(詳細は薬物療法を参照)。

 

 

[コラム] 切らずに治す・乳がんの最新治療法

 

 乳房温存療法は、乳がん手術に画期的な変化をもたらしました。しかし、できれば小さながんは乳房を傷つけずに治したい、というのが女性の願いです。これを実現する試みが行われています。

 それが、MRガイド下集束超音波療法や、ラジオ波熱凝固療法、凍結療法などの治療法です。

MRガイド下集束超音波療法

 虫メガネの要領で超音波のエネルギーを一点に集中させ、熱でがん細胞を殺す治療法です。MRIという画像診断装置を使ってがんをねらうので、MRIガイド下と呼ばれています。

 すでに子宮筋腫の治療で使われている治療法で、まったく目新しい治療法というわけではありません。MRIの画像から、がんの温度がどのくらいまで上がっているかとか、焼け残りの有無などもわかるので、世界的に研究が進んでいます。焼け残りがあれば、もう一度焼くこともできます。

日本では宮崎のブレストピアなんば病院で実施されています。

ラジオ波熱凝固療法

 画像で確認しながら、がんの病巣に外から針を刺し、高周波で焼き飛ばす方法です。すでに早期の肝臓がんなどでは一般的に行われています。

 乳がんの場合、アメリカで2センチ以下の早期がんを対象に行われた臨床試験では、87%で効果があったと報告されています。ただ、乳がんの場合、早期と診断されても、実際には広範囲に広がっているケースもあるので、肝がんとはまた違った注意が必要です。

凍結療法

 がんの病巣に針を刺して急速冷凍し、いったん解凍して再び冷凍する方法です。舌がんなどで行われている方法ですが、乳がんの細胞も同じように凍結することで死滅するのかどうか、検討がつづけられている段階です。

 

いずれもまだ研究段階の治療として行われており、標準治療としては認められていません。このためすべて臨床研究として実施される必要があります。治療のプロトコール、期待される効果と不利益に関する書類に目を通し、説明を受けた上で文書にサインして研究に参加することになります。

 

 乳がんは主病巣だけではなく、周囲の乳管内にどれだけ病変の広がりがあるかが、局所コントロールのため重要です。また主病変の組織検査から得られる、各種バイオマーカー、遺伝子レベルの情報が将来ますます重要になると思います。このため手術が縮小されていくとは考えますが、手術をしないということの意義はあまりないと個人的には考えています。

 

変わる腋窩リンパ節郭清の意味

 

《なぜリンパ節郭清が必要か》

 

 2000年頃まで、乳がん手術では、脇の下のリンパ節を郭清するのが標準的な治療でした。

 乳がんの場合、病巣からこぼれ落ちたがん細胞は、最初に脇の下の腋窩@えきか@リンパ節にたどりつきます。腕のケガや虫刺されで炎症が起きると、脇の下のグリグリがはれることがあります。それがリンパ節で、病原菌を駆逐する免疫の重要拠点の一つです。がん細胞もリンパ節で処理されるのですが、その能力を上回ると、がん細胞にリンパ節が占拠されて「リンパ節転移」になるのです。

 そこで、乳がん手術では、リンパ節転移の有無と、転移したリンパ節の数を調べる再発予防、という2つの意味でリンパ節郭清が行われてきました。

 しかし、リンパ節は脂肪にくるまれるように存在しているので、それだけを取ろうとすると確実には取りきれません。そこで、リンパ節を取りきるために、リンパ節が含まれる脂肪組織をすべて切除します。これが、リンパ節郭清です。

 その際、その部位を通る細かい神経を切断するため、違和感や痛みの原因になり、またリンパの流れが阻害されてリンパ浮腫を起こすリスクも高くなります。その結果腕が太くなり、ひどくなると腕がパンパンにむくんで動かしにくい、感覚が低下するなど、さまざまな後遺症に苦しめられることになります。リンパ節は細菌やウイルスなどの感染を防御しているところなので、それを郭清すると、手術したほうの腕や手にケガなどをしないように気をつけなければなりません。

 リンパ浮腫は、乳がん手術後に起こる後遺症の中で患者さんをもっとも悩ませるものの一つです。

 

《リンパ節を郭清しても転移は防げない》

 

 手術前から、画像診断などであきらかに腋窩リンパ節に転移があった場合は、治療の意味でリンパ節の郭清が必要です。

 ところが、時代とともに早期がんが増え、腋窩リンパ節を郭清して調べても転移が見られない人が増えてきました。こうした人は無駄にリンパ節郭清を行い、合併症のリスクを背負ったことになります。

 一方、リンパ節転移に対する考え方も変わってきました。乳房でつくられたリンパ液の90%程度は、腋窩リンパ節に流れ込みます。以前は、乳がんは一番近い腋窩リンパ節から順番に遠くのリンパ節に転移して、それから血管に入り全身に転移すると考えられていました。したがって、腋窩リンパ節を郭清しておけば、全身への転移を予防できると考えられていたのです。

 ところが、実際は、がん細胞は近くのリンパ節から順番に転移して血管に入るのではなく、乳管の外に浸潤したとたんに、リンパ管にも血管にも入って全身に散らばるのだと考えられるようになりました。それが、乳がんが全身病といわれるゆえんです。そうであれば、腋窩リンパ節を切除しても、全身への転移を防ぐことはできないわけです。実際に、腋窩リンパ節を郭清してもしなくても、遠隔転移や生存率に差がないことが統計であきらかになってきました。

 そこで登場したのが、センチネルリンパ節生検でした。

 

乳房周囲のリンパ節

 

無駄なリンパ節郭清を防ぐセンチネルリンパ節生検

 

《がんが最初に流れ着くリンパ節》

 

 手術前の検査で、脇の下のリンパ節(腋窩リンパ節)に転移がない、あるいはなさそうに思われる人にまでリンパ節郭清を行う必要があるのだろうかという疑問が生じました。リンパ節転移のない人は、ないことを証明するためだけに後遺症の大きいリンパ節郭清をすることになってしまうからです。

 こうした疑問が出たとき、注目されたのがセンチネルリンパ節でした。センチネルリンパ節は、「見張りリンパ節」とか「前哨@ぜんしよう@リンパ節」といわれ、病巣からこぼれ落ちたがん細胞が一番最初に流れ着くリンパ節です。

 このリンパ節に転移がなければ、ほかのリンパ節にも転移がない、したがって腋窩リンパ節の郭清は必要ないと考えるのが、センチネルリンパ節生検の考え方です。具体的には手術中にセンチネルリンパ節を見つけて取り出し、転移の有無を調べます。

 センチネルリンパ節生検が始まったのは、海外でも1990年代の中頃からのことですが、実際にリンパ節再発が少なく、急速に世界中に普及していきました。現在では科学的な臨床試験の結果でも安全性が証明され、センチネルリンパ節生検は標準的手術と理解されています。このためリンパ節の転移を確認せずに、リンパ節郭清を行うことは限られた場合のみになりました。

 

《色素とアイソトープで》

 

 センチネルリンパ節を見つけるには、アイソトープ(放射性同位元素)を使う方法と青い色素を使う方法の併用が標準的です。さらに第三の方法としてICG蛍光法という方法もあります。

 具体的な方法ですが、まずアイソトープと色素を乳がんの近くや、乳輪部に注射します。すると、リンパの流れに乗ってアイソトープと色素が移動します。そこで、まず皮膚にガンマプローブという器具をあてて、アイソトープから放出される放射線を追跡します。ガンマプローブが反応した部位がアイソトープが最初に流れ着いた先、つまりセンチネルリンパ節です。ここに、皮膚の上から印をつけておきます。

 その印の上を2~3センチ切開して、色素で青く染まったリンパ節を取り出します。センチネルリンパ節は通常1~3個程度同定され、これを切除します。ときには、腋窩以外のリンパ節にあることもあります。これを病理検査で調べ、転移の有無を見ます。転移がなければ、腋窩リンパ節郭清は不要、転移があれば腋窩リンパ節の郭清を行います。ただこの場合の郭清の必要性が現在の論点になっています。

 

議論を呼んだACOSOG- Z0011試験について

 

通称、Z-11試験と呼ばれているこの試験結果は2010年6月、アメリカ臨床腫瘍学会で発表されました。結果の概要はセンチネルリンパ゚節生検で1~2個の転移を認めた患者さん(乳房温存手術+放射線照射例)のリンパ節郭清を行っても再発率、生存率の改善に貢献しないというものでした。

しかしながらこの試験は1900例の症例登録と500例の再発が見込まれて開始されましたが、症例が891例しか集まらず、また再発も94例にとどまり、途中で打ち切りになりました。

試験自体の欠陥は誰もが認めるところですが、試験の追試が難しいためこの結果の解釈が論点となっています。リンパ節の微小転移の場合の郭清省略は比較的受け入れられていますが、明らかなリンパ転移があった場合、郭清を本当に省略していいのかということが論点になっています。

欧米の専門家の間でもこの試験結果を疑問視する声が強く、ただちに腋窩郭清を省略できるという流れにはならないようです。腋窩リンパ節転移があった患者さんの安全と後遺症にかかわる問題のため、今後動向が注目されています。

 

(センチネルリンパ節生検の方法)

乳房切除術

 

 

《基本は胸筋温存乳房切除術》

 

 乳房温存療法ができない場合(ページ参照)に行われるのが、乳房切除術(乳房全摘術)です。

 乳房切除術では、乳房をすべて切除しますが、現在では筋肉は特別な理由がなければ切除しません。腋窩リンパ節をどう扱うかでいくつかの術式に分類されます。

 乳房の下には、腕を動かすときに使う大胸筋@だいきようきん@と肩甲骨@けんこうこつ@の動きなどに関連する小胸筋があります。この両方の筋肉あるいは一方を切除する手術がかつては行われていましたが、今は両方を温存することが原則で、その上で腋窩をいじらない手術が単純乳房切除術と呼ばれます。これに対して腋窩リンパ節を郭清する手術が胸筋温存乳房切除術と呼ばれ、センチネルリンパ節の転移の有無で手術法を変えるのが乳房切除+センチネルリンパ節生検法と呼ばれています。

 明らかなリンパ節転移がある場合はの胸筋温存乳房切除が行われ、それ以外はの手術、すなわちリンパ節生検法が主流となっています。

 

《乳首や皮膚を残す手術法も》

 

 乳房温存療法ができないとなると、ほとんどの女性は大きなショックを受けると思います。しかし、今は乳房再建術(ページ参照)が進歩し、乳房を切除してもかなり上手に乳房の再建ができるようになっています。

 特に、美容的な面で注目されているのが、皮膚や乳頭、乳輪部分を残して中身の乳腺組織だけを切除する「皮下全乳腺切除術(乳頭乳輪温存乳房切除術)」です。

 これは、皮膚や乳輪、乳首を残して乳腺組織を切除する方法です。乳房の表面を残して、がんができた中身の乳腺組織だけを取ってしまうわけです。一つの乳房の中に小さながんが多発していたり、広範囲に広がっているケースなどに行われます。

 切開の部位も、乳房の下線に沿って入れられるので、傷口も目立ちません。乳輪の縁に切開を入れて内視鏡を挿入し、乳腺組織を切除する方法もあります。

 この場合は、手術後乳房の中身がなくなるので、乳腺組織の摘出と同時に人工物を挿入して乳房のふくらみをつくります。手術から目覚めたときには、乳房もすでに再建されているわけです。乳首や乳輪が残り、皮膚もそのままなので、美容的には美しく再建されます。脇の下のリンパ節郭清が必要ならば、別に腋の下のシワと平行に切開を入れて、リンパ節郭清を行います。

 この方法の問題点は乳頭、乳輪部や、がんの直上部の皮下にがんが遺残してしまう危険があることです。このため手術前の画像評価が重要であり、また術中の乳頭側断端の迅速病理検査により、こうした危険を最小にすることができます。いずれにせよ、そのメリットとデメリットをよく理解した上で、治療法を選択する必要があります。

 (胸筋温存乳房切除術の図)

 

[コラム] 腋窩リンパ節と郭清範囲

 

 リンパ節は、リンパ管の途中にあって病原菌や老廃物をとらえて排除する関所のようなものです。

 リンパ節は直径数ミリから1センチぐらいの大きさで、大豆のような形をしています。数には個人差がありますが、脇の下には20~50個ぐらいのリンパ節があります。

 リンパ節郭清では、これを脂肪ごと切除するわけですが、大事なのは取ってくる数ではなく、その領域です。乳腺でつくられたリンパ液の9割程度が腋窩リンパ節に流れます。腋窩リンパ節は、脇の下から鎖骨に向かってレベル1からまでの領域があります。この順番でリンパ節転移の確率が減っていきます。そこで、リンパ節郭清は、転移の確率が高い、レベル1とを郭清します。郭清の場合、重要視するのは取れたリンパ節の数ではなく、の領域のリンパ節が脂肪組織とともに確実に取りきれていることです。

 以前は、1からの領域まで郭清するのがふつうで、ときにはさらに遠いリンパ節まで郭清しました。しかし、リンパ浮腫など合併症が増えるだけで、再発率には差がないことがわかりました。そのため、いまはレベル1と2まで郭清し、リンパ節転移が疑われる時だけレベル3の郭清をします。

 (リンパ節のイラスト)

 

                              

放射線療法

 

《高エネルギーの放射線で遺伝子を傷害》

 

 放射線治療は、高いエネルギーのX線でがん細胞の遺伝子を傷つけ、死滅させる方法です。

 乳がんの場合は、X線を中心に、ガンマ線や電子線も使われています。治療に使われるX線は、レントゲン検査に使われるX線よりはるかにエネルギーが高く、体を通過するときに細胞の遺伝子を傷つけます。がん細胞は、正常細胞より放射線に弱く、また正常細胞は遺伝子が傷ついても修復することができるので、同じようにX線による攻撃を受けても、がん細胞の方のダメージが大きいのです。そこで、正常細胞が耐えられる範囲でがん細胞が死滅する線量の放射線を照射します。

 がんの中にも、放射線治療が効くがんと効かないがんがありますが、幸い乳がんは放射線が効くほうのがんに入ります。また、腸など部位によっては放射線によるダメージを受けやすい臓器もあるので、内臓のがんの場合は、こうした臓器をできるだけ避けて放射線照射を行う必要があります。最近、陽子線や重粒子線などの放射線が注目されたり、さまざまな照射装置が開発されているのも、がん病巣に放射線を集中させることが目的です。その点、乳がんは体表近くにあるがんなので、放射線をあてやすいのも利点です。

 乳がん治療では、放射線は、乳房温存療法との併用、手術後の補助療法として使われるほか、そのままでは手術できない乳がんに照射して縮小させる術前療法、さらに、転移再発したがんによる症状緩和を目的に行われます。

 

《温存療法の放射線照射》

 

 乳房温存療法の場合、手術後の放射線照射は治療の一部です。放射線を照射することによって、乳房の局所再発率を3分の1に減らすことができます。

 例外として、70歳以上のステージ1でホルモン療法が効く場合は、放射線を省略しても再発の危険が比較的低いため、放射線照射を省くこともあります。

 ふつうは、乳房の手術が終わって病理検査結果が確認でき、傷口もだいたい落ちついた時期に照射が始まります。遅くとも手術後2カ月以内に放射線治療を開始します。無駄に治療が遅れると、その間に乳房に残ったがんの芽(微小病変)が成長してくる恐れもあるからです。したがって、治療計画が決まったら、できるだけ予定にしたがって治療を受けるようにしましょう。

 手術後、抗がん剤による薬物療法と放射線治療の両方が必要な場合もすくなくありません。このとき、同時に行うと副作用が出やすいため通常避けます。放射線治療と抗がん剤とどちらを先にすればよいのかは議論のあるところです。放射線療法は放射線をあてた局所の再発を防ぐ局所治療であるのに対し、抗がん剤は全身に効果のある治療法です。そこで、まず3~6カ月間にわたる抗がん剤治療で全身的な効果を狙い、その後で放射線治療を行うことが多くなっています。

 放射線の照射量は、1回1・8~2グレイ(Gy)ずつ、合計45~50グレイ照射します。標準治療は、乳房全体に放射線を照射する全乳房照射です。実際には、放射線治療が始まる初日に、照射計画にもとづいたシュミレーションを行います。仰向けに寝て腕を上げた状態で患者さんの乳房にマジックで印をつけ、次回から目印を目標に放射線を照射します。土日は休んで週に5日、計25日ほどかけて放射線を照射するのが一般的です。一回の治療時間は1~2分です。

 乳房温存療法では、断端@だんたん@検査(ページ参照)を行いますが、この検査でわずかながん細胞が見つかり、追加切除が困難な場合には、通常の放射線治療に加えて、さらに腫瘍床(がん病巣のあった周囲)に追加照射をします。これをブースト照射といいます。断端陰性の場合でも、閉経前の人には海外のガイドラインではブースト照射が推奨されています。

 

《乳房切除でも放射線治療が必要なことも》

 

 乳房切除術の場合、がんが発生した乳房をすでに切除してしまったので、取り残しを放射線でたたく必要はない、と思われるかもしれません。

 しかし、再発のリスクが高い場合は放射線治療も行ったほうがよいことが判明しています。乳房切除の場合も、抗がん剤やホルモン剤による術後治療だけでなく、病状がある程度進行して、胸壁@きようへき@やリンパ節などからの再発リスクが高い人は、放射線療法も行います。

 具体的には、乳房のがんが5センチ以上ある、あるいは脇の下のリンパ節に4個以上転移があった場合は、薬物療法に加えて放射線治療も適応とされます。これで、再発のリスクを3分の1に減らせるというデータもあります。

 この場合は、手術した側の胸壁と鎖骨の上の部分に、通常の放射線照射と同じように合計45~50グレイを照射します。

 いずれの場合でも、放射線治療の効果を得るためには、計画通り休まずにつづけることが大切です。

 

 

[コラム] 放射線治療中の注意

 

 放射線治療中は、皮膚が敏感になっているので、低刺激のマイルドな石鹸を使い、あまり強く皮膚をこすらないようにします。もし、放射線照射のためにつけたマジックの目印が消えてしまったら、自分で書かないで、担当技師に告げてください。

 服も皮膚を刺激しないように、柔らかい素材でゆとりのあるものにしましょう。治療中は、脇の下の消臭剤もやめます。配合されているアルミニウムが放射線と相互作用を起こすことがあります。腋毛@わきげ@の処理が必要な場合はカミソリではなく、電気カミソリにしましょう。皮膚の感覚が鈍っているのでケガをしやすく、ケガをすると感染の原因にもなります。照射部位を日光にあてるのも禁止です。

 

放射線治療による副作用

 

《副作用には急性と晩期障害が》

 

 放射線治療というと、日本人は特に副作用を恐れる傾向が強いようです。

 しかし、乳がんの放射線治療で起こる副作用で、それほど重いものはまれです。副作用があらわれるのは、放射線を照射した部分だけなので、髪の毛が抜けたり、めまいや吐き気が起こることもありません。

 ただ、覚えておいていただきたいのは、乳房を温存しても、乳房としての働きは失われてしまうことです。放射線治療によって、手術で残った微小ながん細胞は増殖能力を失い、消滅していきます。しかし、同時に乳腺の正常細胞もその機能を失います。したがって、妊娠しても、手術した側の乳房は大きくなることもなく、乳汁もあまり分泌されません。汗もほとんどかきません。

 乳房温存療法は、がんを取り除いて乳房の外見を維持することが目的で、乳房としての機能まで残すことはできないのです。ただし、手術をしていない側の乳房からは乳汁が出ますから、育児には問題ありません。

 放射線治療そのものの副作用には、急性の副作用と、あとになってあらわれる晩期の副作用とがあります。放射線の照射自体は、痛みも何も感じませんが、治療も後半になってくると、夏に海岸でたっぷり紫外線を浴びたあとのような疲労感が出てくることがあります。これも副作用の一つですが、治療が終わって数週間もすれば治ります。

 また、放射線を照射した部位が強く日焼けをしたように赤くなってヒリヒリしたり、圧痛やかゆみ、水ぶくれができることもありますが、こうした症状は治療が終われば1~2カ月で治まります。治療後、皮膚が黒ずんだり、毛穴が開いてカサカサすることもありますが、ほとんどの人は時間の経過とともに改善していきます。

 一方、治療が終了して数カ月から数年後にあらわれるのが、晩期障害です。治療後しばらくして乳房の組織が繊維化して厚くなり、乳房がかたくなることがあります。ふつうは数カ月から1年ぐらいで軽快していくのですが、中には繊維化が進んで乳房がかたくなってしまうこともあります。見た目にはきれいな乳房でも、患者さん本人の違和感が強いこともあります。

 また、乳房に放射線を照射すると、どうしてもその奥にある肺の一部に放射線がかかってしまいます。その結果、放射線性の肺炎を起こすことがあります。実際には100人に1~2人程度でまれなことですが、治療後数カ月から2年ほどの間に起こることがあります。この間に、セキや微熱がつづくときには、医療機関を受診するようにしましょう。

 この場合は、肺転移との鑑別も重要になります。CT検査を行えば、肺転移か放射線性の肺炎かはほとんど区別がつきます。

 また、放射線治療を行うことで、照射した部位からがんが発生するのではないかと心配される人もいますが、放射線治療によって二次がんが発生する可能性は非常に低いといっていいでしょう。

 なお、照射中皮膚が赤くなってヒリヒリしてきたら、担当医にいって軟膏@なんこう@を処方してもらいましょう。色素沈着には、ビタミンCの内服を試みることもあります。

 

 

[コラム] 新しい放射線の照射法

 

 放射線照射は、1日1・8~2グレイずつ、25回に別けて照射するのが標準です。そのため、治療には5週間ほどかかります。最近、時間を短縮する目的で、カナダやイギリスでは、1回の照射量を増やして回数を減らす治療も行われています。1日2・66グレイを16回、あるいは15回で照射するという方法です。治療成績は変わらないと報告され、日本でも一部の施設で行われるようになっています。

また加速乳房部分照射(小線源照射の一種)や術中乳房部分照射の効果が従来の25回の全乳房照射と遜色ないというデータが海外で出され、注目されています。乳がんの局所再発や放射線の晩期障害をみるためには長期間のフォローアップが必要ですが、日本の一部の施設では研究ベースで治療がスタートしています。

 

 

乳がんの薬物療法とは

 

 

《がんの性質で使い分け》

 

 手術や放射線療法が、がんの部位だけを治療する局所療法であるのに対し、薬物療法は血液に乗って全身に作用する全身療法です。

 そこで、乳がんでは、

がんの病巣を小さくして、乳房温存療法など手術に持ち込むための「術前療法」

乳がん手術後、再発を防ぐために行われる「術後補助療法」

転移、再発などで手術できないがんに対する治療

 という3つの目的で薬物療法が行われます。また、乳がんは薬物療法の効果が高く、ホルモン療法、抗がん剤療法、がんの特性に的をしぼって開発された分子標的治療薬と、3種類の薬物が使われています。

 こうした薬を、それぞれのがんの特性ごとに使い分けて、治療を行います。

 

《高い術前療法の効果》

 

 術前療法には、主として抗がん剤が使われます。ふつうは術後に再発予防のために使われるのと同じ抗がん剤を使います。

 乳がんの場合、手術後には、ほとんどの人が再発予防のために術後補助療法を受けます。しかし、術後補助療法は、再発の「予防」なので、実際にその抗がん剤が効いて再発がないのか、あるいは薬とは関係なく再発がないのか、ほんとうのところはよくわかりません。しかし、術前化学療法は、がんの縮小というはっきりした効果が見えるので、抗がん剤の効果がわかるというのは大きなメリットです。

 術前化学療法の効果は、かなり高率です。80%以上の人でがんの病巣が小さくなり(面積で50%以下)、臨床的に奏功したと表現されます。それどころか、がんが顕微鏡的にも完全に消失してしまう人も少なからずいるのです。HER2陽性の人に抗がん剤と分子標的治療薬・トラスツズマブを併用した術前化学療法を用いると、50%前後の方でがんが完全に消失します。

 術前化学療法によってがんが消失した場合には、再発の危険も、がんが消えなかった人にくらべて大幅に低くなります。特にトリプルネガティブ(ホルモン受容体、HER2受容体がともに陰性)の人の場合、この関係が明瞭になります。

 最近は、閉経後でホルモン療法の効果がある人には、術前にホルモン療法が行われるケースもありますが、抗がん剤ほどきちんとしたデータはまだありません。

(捨てカット)

 

 

 

 

 

乳がんの再発予防治療(術後補助療法)

 

《薬物療法の選択基準》

 

 術後補助療法(アジュバント療法)は、再発予防のために、手術後に行われる治療です。

 乳がんは、発生した乳管の壁から外に浸潤@しんじゅん@(食い込んで広がること)したとたん、がん細胞が血液やリンパの流れに乗って全身に散らばる危険があります。そこで、手術でがんを摘出したあと、全身に散らばったがんの芽(微小転移)を摘み取り、再発を防ぐために、術後補助療法を行います。

 0期の非浸潤がん以外は、目に見えない転移の危険があるので、乳房温存手術や乳房切除術を受けたときでも、手術後には術後補助療法を行うのが一般的です。

 これにも、ホルモン剤、抗がん剤、トラスツズマブなどの分子標的治療薬の3種類があります。各種のガイドラインや2年に1度、スイスのザンクトガレンに世界の専門家が集まって開かれる国際会議で決められた合意などを基本にしながら、個々の患者さんの病状を考慮して薬物療法が決められます。

 

《重要ながんの性格》

 

 ここで、選択基準の第一に考えられているのは、乳がんの性格です。特に、ホルモン受容体の有無と、HER2受容体の発

現強度(強くあらわれているかどうか)が重要視されます。

 左の表のように、

がんにエストロゲン(女性ホルモンのひとつ)受容体が少しでも認められれば、ホルモン療法を行う。

HER2受容体が強く発現していれば、トラスツズマブなどの分子標的治療薬を使う。

HER2受容体が陽性の場合は、抗がん剤と分子標的治療薬を併用する。

ホルモン受容体もHER2受容体もともに陰性で、効果がないと判定されたトリプルネガティブの場合は、抗がん剤を使う。

ホルモン受容体が陽性で、HER2受容体が陰性の場合は、ほかのリスク因子を考えて、それにあった薬物療法を行う。

 というのが、その概要です。

 

《ホルモン剤単独か抗がん剤と併用か》

 

 最後の、「ホルモン受容体が陽性でHER2受容体が陰性」の場合の選択基準が、別表です。抗がん剤(化学療法)とホルモン療法を併用するか、あるいはホルモン療法単独で治療するか、その選択基準が示されています。

 これによると、女性ホルモンの受容体があっても、レベルが低い、がんの「顔つき」が悪い(組織学的グレードが3)、増殖能力が高い、腋窩リンパ節に4個以上の転移がある、がん周辺の血管やリンパ管にがんの浸潤傾向が強い、がんの大きさが5センチ以上ある、といった場合には、抗がん剤とホルモン療法を併用します。

 これに対し、ホルモン受容体がより高いレベルで出現している、がんの「顔つき」がおとなしい、増殖能力も低い、腋窩リンパ節転移がない、がん周辺の血管やリンパ管にがんの浸潤傾向があまりない、がんの大きさが2センチ以下である、といった場合には、ホルモン療法単独で治療を行うことになります。

 いずれの場合も、ここに患者の希望が加わることはいうまでもありません。ごく簡単にいえば、ホルモン受容体が強く発現していて、がんの性格も割合おとなしそうな場合はホルモン療法、ホルモン受容体の出方があまり多くなく、がんとして悪性度が高く再発のリスクが高そうな場合は、ホルモン療法と抗がん剤を併用する、といってもよいでしょう。なおこの説明は2009年3月のザンクトガレンの合意事項がベースになっていますが、2011年3月の同会議では、その考え方がより明確になり、乳がんをまずホルモン受容体、HER2受容体、組織異型度、Ki67に基づいて5つのサブタイプに分類し、それぞれの治療法を決める流れになりました。ホルモン受容体とHER2受容体については、ホルモン療法と分子標的治療薬の項で詳しく説明します。

(ザンクトガレン図表2点)

 

乳がん組織の遺伝子検査について

 

乳がんの組織の遺伝子検査を行い、その結果に基づき抗がん剤を行うかどうか決めるという方法もあります。オンコタイプDX(Oncotype DX)とマンマプリント(MammaPrint)という2種類の遺伝子検査がその代表的な方法です。

オンコタイプDX21の遺伝子を調べます。マンマプリントは70の遺伝子を調べます。これら乳がんの再発と抗がん剤の有効性について関連の強い遺伝子の発現レベルをスコア化し、例えばオンコタイプDXであれば再発スコアという形で結果を出します。

このスコアを用いて、ホルモン療法のみを行った場合の10年以内の遠隔再発率を予測し、それに抗がん剤を上乗せした場合の再発率の低下をシュミレーションし、この予測に基づいて抗がん剤を行うかどうかを決めていきます。

このような検査方法自体は他にもいくつも考えられていますが、オンコタイプDXやマンマプリントが重要なのは、過去の無作為化臨床試験の検体を用いて、こうした検査が有効に機能するかどうかを検証している点です。

 ホルモン受容体陽性、HER2受容体陰性の患者さんの治療方針決定に有用ですが、例えばオンコタイプDXの場合、アメリカ、イスラエルなど一部の国と地域を除くと保険の適応とされていません。このため日本では自費で50万円近い費用がかかり、また検体をカリフォルニアに送るため、結果が出るまでに3週間程度の日数がかかります。

 これまで虎の門病院で50名あまりの患者さんが検査を受けられていますが、抗がん剤を受けるかどうかの判断に有用なツールであることは間違いないと思います。組織異型度、プロゲステロン受容体の発現レベル、Ki67の値でオンコタイプDXが必要な人はある程度絞り込めると個人的には考えています。


 

 

 

 

ホルモン療法はなぜ効くか

 

《女性ホルモンの働きを阻害》

 

 乳がんの7割は、ホルモン依存性で、エストロゲンという女性ホルモンの影響で増殖します。

 そこで、体内のエストロゲンの量を減らしたり、エストロゲンの働きを阻害して、がんの増殖を止めて萎縮させてしまうのが、ホルモン療法です。

 実際には、ホルモン依存性の乳がんには、「ホルモン受容体」という目印があります。女性ホルモンとホルモン受容体は、鍵と鍵穴のような関係にあり、女性ホルモンはこの受容体に結合することで、細胞にさまざまな命令を下し、ホルモンとしての作用を発揮します。

 そこで、手術後に摘出したがんの組織を検査して、ホルモン受容体の有無を見ます。ホルモン受容体には、エストロゲン受容体とプロゲステロン受容体という2種類があります。この両者がある場合、あるいはどちらか一方でもある場合には、積極的にホルモン療法が行われます(実際にはエストロゲン受容体が陰性で、プロゲステロン受容体が陽性ということはまれとされています)。これを、エストロゲン受容体陽性、あるいはエストロゲン感受性あり、といったいい方をします。

 逆に、どちらのホルモン受容体もなければ、エストロゲン受容体陰性、エストロゲン感受性なし、といいます。受容体がなければ、そのがんは女性ホルモンの影響とは関係なく増大するがんなので、ホルモン療法は効かないと考えます。

 ホルモン剤は、抗がん剤のような強い副作用がないのが大きな利点ですが、受容体がない人に投与しても、副作用はあってもがんに対する効果はほとんどないのです。

 ホルモン感受性がある人に、術後補助療法としてホルモン療法を行うと、転移や再発がほぼ半分に減ることがわかっています。

 

《ホルモン剤には4種類ある》

 

 ホルモン剤には、体内のエストロゲンの量を減らす薬と、エストロゲンの働きを阻止するものがあります。さらに、閉経前と閉経後ではホルモン環境が大きく異なるので、これに合わせてホルモン剤を選択します。

 

抗エストロゲン薬

 エストロゲンの働きを阻止する薬です。

 エストロゲンは、細胞表面にあるエストロゲン受容体に結合することで、細胞にさまざまな命令を下しています。この受容体に結合して、エストロゲンが結合するのをブロックするのが、抗エストロゲン薬です。それによって、エストロゲンの作用が阻止され、がんの増殖を抑えます。

 術後補助療法に使われる代表的なホルモン剤に「タモキシフェン」がありますが、これも抗エストロゲン薬の一つです。タモキシフェンは、20世紀の乳がん治療における最大の発見の一つともいわれ、期の乳がんでは、術後補助療法にタモキシフエンを使うと、生存率が絶対値で6~10%向上するというデータが出ています。

 タモキシフェンは、乳がんの再発率を下げるだけではなく、反対側の乳房にがんが発生する率を2.4%から1.6%に減らす、コレステロールを低下させ心血管系の障害を予防する、骨粗鬆症@こつそしようしよう@を予防する、といった作用もあります。閉経前、閉経後どちらにも効果があります。内服薬で、毎日1回、通常5年間服用します。

 ほかに同系統の薬として「トレミフェン」というホルモン剤もあり、こちらは閉経後に使われます。

 

LH-RHアゴニスト

 閉経前の女性に投与して、エストロゲンの量を減らすホルモン剤です。

 エストロゲンは卵巣でつくられますが、それまでに脳から次々に指令が送られています。まず、脳の視床下部@ししようかぶ@という部位から性腺刺激ホルモン放出ホルモン(LH-RH)が分泌されて、下垂体@かすいたい@を刺激します。その刺激で、下垂体からは性腺刺激ホルモンが分泌されて卵巣を刺激。その結果、卵巣からエストロゲンが分泌されるのです。

 LH-RHアゴニストは、この最初の段階で作用する薬です。性腺刺激ホルモン放出ホルモンも、下垂体の受容体に結合して、性腺刺激ホルモンを分泌させます。LH-RHアゴニストは、性腺刺激ホルモン放出ホルモンが下垂体の受容体に結合するのを邪魔して、下垂体から卵巣にエストロゲンの分泌命令が出されるのを阻止するのです。

 タモキシフェンと併用することもよくあります。通常は2年~5年間使います。その間は生理が止まりますが、投与をやめると、卵巣機能が回復して生理が戻るのも特徴です。この薬は注射薬で、月に1度打つタイプと、3カ月に1度打つタイプがあります。

 ゴセレリンやリュープロレリンというホルモン剤がこのタイプです。

 

アロマターゼ阻害薬

 エストロゲンの量を減らすホルモン剤で、閉経後の女性に効果があります。

 閉経後は、卵巣でのエストロゲンの分泌は停止しますが、副腎でつくられるアンドロゲンという男性ホルモンが、脂肪細胞などでエストロゲンにつくり変えられます。このとき働くのが、アロマターゼという酵素@こうそ@です。そこで、アロマターゼの働きを阻害して、男性ホルモンからエストロゲンがつくられないようにするのが、アロマターゼ阻害薬です。

 アロマターゼ阻害薬には、アナストロゾール、エキセメスタン、レトロゾールなどがあります。

 

プロゲステロン製剤(黄体ホルモン製剤)

 間接的にエストロゲンの量を減らしますが、その作用はよくわかっていない部分も多く、ほかのホルモン剤が効かないときに使われます。

(タモキシフェンの再発率低下などのデータ、ホルモン剤の一覧表)

 

閉経とホルモン療法の進め方

 

《抗がん剤と効果は同等》

 

 術後に行われるホルモン療法には、現在3種類のホルモン剤が用いられますが、閉経前か閉経後かによって、選ばれる薬は異なります。閉経とは、60歳以上であるか、45歳以上で過去1年以上生理がない場合、または両側の卵巣を2個とも摘出している場合、と定義されています。子宮摘出を受けている場合は血中のホルモン値を参考にして決めます。E2(エストラジオール)が低値で、FSH(卵胞刺激ホルモン)が高値の場合は閉経と考えます。

 タモキシフェンは、閉経前か閉経後かにかかわらず使われますが、LHRHアゴニストは閉経前、アロマターゼ阻害薬は閉経後に使われるホルモン剤です。

閉経前

 LHRHアゴニストは、1カ月に1回か3カ月に1回、皮下注射で投与します。2~5年間継続するのが一般的です。CMF(シクロホスファミド、メトトレキサート、5-FU3剤を併用)という組み合わせの抗がん剤を6カ月投与した場合と、2年間LHRHアゴニストを注射した場合で効果を比較すると、再発を抑える効果は同等です。タモキシフェンと併用すると、AC(アドリアマイシンとシクロフォスファミドの2剤を併用)やCAF(シクロホスファミド、アドリアマイシン、5-FU3剤を併用)という抗がん剤治療と同等の再発抑制効果があります。抗がん剤よりは副作用が少なく、同じ程度の効果が得られるのが大きな利点です。

 

《より効果が高いホルモン剤へ》

 

 閉経後乳がんの術後補助療法は、タモキシフェンがかつては標準治療でしたが、アロマターゼ阻害薬の方が効果が高いことがわかり、こちらが標準治療となっています。

閉経後

 アロマターゼ阻害薬には、現在3種類ありますが、どれも効果は同じ程度です。

 以前は、閉経後もタモキシフェンによる再発予防効果が最も高いとされていました。ところが、タモキシフェンを5年間服用するより、アロマターゼ阻害薬(アナストロゾール)を5年間服用したほうが再発率が13%低く、副作用も少ないことが報告され、大きな反響を呼びました。

 またその後、タモキシフェンを2~3年服用したあとでアロマターゼ阻害薬(エキセメスタン)に切りかえて、計5年間治療をつづけると、5年間タモキシフェンをつづけるより再発率が32%も低下すること、さらにタモキシフェンを5年間服用したあとでアロマターゼ阻害薬(レトロゾール)を5年間つづけると、再発率がさらに40%も低くなるなど、次々にアロマターゼ阻害薬の効果が報告されています。

 蓄積されたデータから、現在は閉経後乳がんの術後補助療法にアロマターゼ阻害薬を最初から使うことが標準となっています。

   

 

 

ホルモン剤の副作用

 

 

《半数に更年期障害が》

 

 ホルモン療法は、抗がん剤にくらべて副作用が少なく、それでいて高い効果があるのが大きなメリットです。とはいえ、ホルモン療法にもまったく副作用がないわけではありません。

 

更年期障害

 ホルモン療法は、簡単にいえば、エストロゲンの量を下げる治療法です。その結果、ちょうど閉経と似た状態になり、更年期障害のような症状を訴える人が少なくありません。

 ホットフラッシュが起きて冬でも汗が吹き出たり、動悸@どうき@や不安、睡眠障害、イライラ、抑うつ症状などを訴える人もいます。ホットフラッシュは、軽いものも含めると、ホルモン療法を行った人の半数以上にあらわれます。

 しかし、ここで更年期障害の治療のためにホルモン補充療法をしたのでは、ホルモン療法の意味がなくなってしまいます。ほんとうの更年期と同じで、少しがまんしていれば、体がエストロゲンの低い状態に慣れて楽になってくるはずです。がまんできないほどつらければ、更年期障害に使われる漢方薬を使ったり、うつ状態には抗うつ薬を使うこともあります。

 また、アロマターゼ阻害薬はタモキシフェンよりホットフラッシュが出る率が低いので、閉経と判断できれば早めにアロマターゼ阻害薬にかえるのも一つの方法です。

 

生殖器の症状と子宮体がん

 タモキシフェンには、子宮内膜の増殖作用があるため、不正出血が起こることがあります。それ自体はあまり心配ありませんが、タモキシフェンは、子宮体がんのリスクを高めることがわかっています。といっても、800人に1人の割合だった発生率が800人に2~3人に増えるという程度です。その鑑別のために、不正出血がつづくようならば、検査を受けましょう。

 一方で、タモキシフェンは、10年間で乳がんの再発を相対的に45%抑えることができます。再発予防効果が副作用のデメリットを超えるからこそ、タモキシフェンが使われるのです。子宮体がんは、不正出血により早期発見が可能です。またタモキシフェンに誘発される子宮体がんは比較的悪性度が低く、早期に見つかれば手術で治る可能性が高いとされています。しかし、乳がんは再発してしまえば、完治は困難です。

 

骨粗鬆症

 アロマターゼ阻害薬やLHRHアゴニスト製剤は、エストロゲンの量を減らすため、更年期以降と同じように骨量が減少し、骨粗鬆症になりやすくなることがわかっています。反対に、タモキシフェンは骨量を増やして骨をじょうぶにする作用があります。

 骨量が低下してきた場合には、骨量を増やす薬を併用します。

 アロマターゼ阻害薬で、関節の痛みやこわばりが出ることがありますが、これも時間経過で軽快する場合が多いようです。

 

その他

 このほか、タモキシフェンではまれに下肢@かし@に血栓(血の固まり)ができたり、それが肺に詰まって肺動脈塞栓症を起こすことがあるため、静脈血栓症の既往@きおう@がある人へのタモキシフェンの使用は特に注意が必要です。

 

 

 

化学療法(抗がん剤治療)

 

 

《抗がん剤の作用とは》

 

 ホルモン剤が、エストロゲンという、いわばがんの増殖に必要な栄養源を断ち切って再発や転移を防ぐのに対し、抗がん剤はその毒性でがん細胞を殺傷する薬です。

 抗がん剤は、がん細胞の遺伝子や細胞増殖機能などを障害して、死に至らしめます。手術や放射線治療などの局所治療を行うと、残ったがん細胞に増殖の刺激をあたえる可能性が考えられています。この刺激によって、全身に散ったがんの芽、つまり微小転移したがん細胞が活性化し、増殖すると考えられているのです。

 しかし、細胞が分裂・増殖するためには、さまざまなシステムが機能し、外からもいろいろな材料を補充する必要があります。細胞としては不安定なこの時期に、毒性を持った抗がん剤を投与して、がんの芽をつぶしてしまおうというのが、抗がん剤による術後補助療法の考え方です。

 一方で、抗がん剤の毒性は正常細胞にも同じように作用します。そのために、抗がん剤によるさまざまな副作用が起こります。特に、がんと同じように分裂スピードの早い毛髪をつくる細胞や骨髄細胞、粘膜細胞、生殖細胞などはダメージを受けやすいことがわかっています。脱毛や吐き気、嘔吐、下痢、白血球数の減少など、抗がん剤に多い副作用はこうして起こるのです。

 それでも、正常細胞はがん細胞より毒性に対する抵抗力があり、回復力も強いので、治療では正常細胞が耐えられる範囲内で、がん細胞が死ぬ量の抗がん剤が投与されます。

 

《抗がん剤は組み合わせて使う》

 

 抗がん剤を使う場合に重要なのが、その組み合わせです。

 抗がん剤には毒性があるので、一種類の抗がん剤を多量に使うと、特定の副作用だけが強く出てしまう危険があります。そこで、効果のある抗がん剤を数種類(ふつうは2~3種類)組み合わせて使うのが、多剤併用療法の考え方です。薬を組み合わせることで副作用の危険を減らし、複合的な効果が高まると考えられています。

 どの抗がん剤の組み合わせや使用法が一番効果的なのか、そしてその副作用は許容できるものなのか、患者さんの協力を得て大規模な臨床試験が行われています。その結果、現在の時点で一番効果的な薬の組み合わせと投与法が「標準治療」となります。

 こうした抗がん剤の組み合わせは、抗がん剤の英語の頭文字をとって、AC(Aはアドリアマイシン、Cはシクロフォスファミド)とか、TCCEFといった呼び方をされます。「(○ページ参照)。

 乳がんの領域ではアドリアマイシン系の抗がん剤と、タキサン系の抗がん剤が骨格となっていくつかの標準的な治療法が確立されています。

 

 

抗がん剤治療の進め方

 

《休薬期間をおいて治療》

 

 抗がん剤は複数の薬を組み合わせて使いますが、もう一つ大切なポイントは、休薬期間をおいて治療をくり返すということです。

 1週間に1回、あるいは3週間に1回投与し、その間は休んでこのサイクルを何回かくり返します。

 抗がん剤すると、がん細胞も障害されますが、正常細胞もダメージを受けます。ここで休薬期間をおくと、正常細胞は回復して元気になりますが、がん細胞は回復能力が欠けているため、十分回復しません。そこで、1~3週間休んで正常細胞が元気になったころに、また抗がん剤治療をくり返してがん細胞をたたくわけです。

 抗がん剤の種類によって、投与のしかたは様々ですが、1回の治療を1クールとか1サイクルというふうにいいます。6サイクルといえば、休薬期間をおきながら6回抗がん剤治療をくり返すという意味です。

 

《術後治療でよく使われる抗がん剤》

 

 では、抗がん剤にはどのような種類があり、どのような使われ方をするのでしょうか。

 抗がん剤には、点滴などで体内に入れる注射薬と飲み薬があります。乳がんの術後補助療法では、ACやTCという組み合わせによる併用法、あるいはAC4サイクルに引き続き、タキサン系の4サイクル(ACT療法)というような連続投与法が、よく行われています(表参照)。

 

 

JNCCN20113月号より>

 

アメリカでHer2陰性の患者さんに用いられている抗がん剤治療法の頻度を図にしたものです。TC療法とACT療法が治療法を2分しており、その他をTAC療法、AC療法、CMFが占めています。

 

●アンスラサイクリン系

 乳がん治療に古くから使われている抗がん剤で、直接遺伝子を破壊してがん細胞を殺傷します。アドリアマイシン、エピルビシンなどの薬があり、アドリアマイシンを含む併用療法には、ACやFAC、エピルビシンを含む併用療法には、EC、FECといった治療法があります。

 

●タキサン系

 細胞の分裂過程を阻害する薬で、パクリタキセルとドセタキセルがあります。これらの薬は単独で使ったり、ほかの薬と併用して用います

●アルキル化薬

 遺伝子に作用する薬で、シクロフォスファミドはアンスラサイクリン系の薬などと組み合わせて使われます。

 

●その他

 細胞の分裂過程を阻害するビノレルビン、遺伝子合成を抑える5−FU(フルオロウラシル)やメトトレキサートなどがあります。

 

 

《期待される再発抑制効果》

 

 抗がん剤を投与すると少なくとも多くの患者さんに一時的な効果を認めるため、なるべく多くの患者さんに行われた時期もありました。しかし現在では抗がん剤を行うことによる生存率の改善効果は限られた患者さんに大きく、一方あまり効果がない患者さんも分かってきたため、副作用とのバランスを考え、効果が期待できる患者さんに対象が絞られるようになってきました。

 

 やや専門的な話で恐縮ですが、抗がん剤の効果は次のようにして考えられています。①抗がん剤が効くタイプかどうか? これにより相対的な再発抑制効果(relative risk reduction)を推計します。②抗がん剤を行わなかった場合、どの程度の再発が予測されるか?これをベースラインリスク(baseline risk)と呼びます。①と②を掛け合わせたものが、実質的な再発抑制効果(absolute risk reduction)となります。再発の可能性が40%ある患者さんに、再発抑制効果が30%ある治療を行うと0.4x0.3=0.12となり12%の人が救われるという推計を行います。この数字が大きいほど、副作用を覚悟で、抗がん剤を行った方がよいということになりますし、この数字が小さければ、治療の意味があまりないということになります。

 再発抑制効果が高いということは良い治療といえるし、たとえ再発抑制効果が大きくても、あまり再発しない患者さんに治療しても、成果が上がらないことがおわかりいただけると思います。

  

 乳がんのタイプ別の治療法

 

 

ホルモン受容体陽性

ホルモン受容体陰性

 

HER2陰性

(低増殖能)

ルミナールA

<ホルモン療法>

 

トリプルネガティブ

<化学療法>

(高増殖能)

ルミナールB(HER2陰性)

<ホルモン療法+化学療法>

 

HER2陽性

ルミナールB(HER2陽性)

<ホルモン療法+化学療法+分子標的療法>

HER2タイプ

<化学療法+分子標的療法>

 

コラム 大切な初期治療

 

 がんが発見されて最初に行う治療を「初期治療」といいます。再発や転移によって、2回、3回と治療を繰り返す場合の治療と区別するためにこのような言い方をします。

 抗がん剤治療でも、初回の治療が大切です。薬物治療がうまくいかず、臓器転移をおこした場合は、その後の治療によって、一時的な症状の改善はみられても、治癒の可能性が極めて少なくなるからです。

全身に転移したがんの量(腫瘍量)が少ない場合は、薬物療法による完治の期待がありますが、レントゲンなどで診断できるほどの臓器転移が成立した場合は、完治は困難になります。したがって乳がんの薬物療法は先手必勝、緒戦の勝利が絶対条件になるのです。  

ただ抗がん剤はそれなりの副作用があるため、そもそも効かない人には必要ないし、抗がん剤をやらなくても再発しない人にも必要ないということが言えます。抗がん剤の効果が期待でき、なおかつ再発のリスクがある人には、最適なスケジュールと量で妥協なくやり切るというメリハリが重要なのです。

 

 

   

抗がん剤の副作用

 

 

《脱毛や吐き気、白血球減少》

 

 抗がん剤には、個人差はありますが、それぞれに副作用があります。しかし、ある程度副作用の傾向も決まっているので、現在はその対処のしかた、予防の方法もずいぶん進歩しています。このためあまりこわがらないでもだいじょうぶです。まず、主な薬剤の代表的な副作用を見てみましょう。

 

AC療法(同系統のものにEC療法、FAC療法、FEC療法があります)

 3週ごとに通常4回の点滴(4サイクル)を行います。

 1990年代以降、標準的な投与法として幅広く用いられてきました。現在はTC療法に置き換わりつつあります。アドリアマシン(A)を類似薬のエピルビシン(E)に代えたのがEC療法で、さらに5-FUを組み合わせたのがFAC療法、FEC療法です。3週間に一度の点滴を計4回行います。短期間で終わることが利点ですが、脱毛と吐き気が副作用として問題になります。

 

TC療法

 AC療法のアドリアマイシンをタキソテールに置き換えたのがTC療法で、2006年末の論文発表から使用頻度が増えてきました。元々アメリカで研究が進んだ経緯があり、4サイクルの抗がん剤としてはアメリカではTC療法が主流ですが、ヨーロッパではまだまだEC療法、FEC療法が健闘しており、日本がその中間くらいの状況です。主な副作用としては脱毛、全身倦怠感、皮疹、末梢神経障害などが知られています。

 

●AC→T療法(同系統のものにFECT療法)

 AC療法やFEC療法を4サイクル行った後、引き続きタキソテールやタキソールを投与する方法です。再発のリスクが高く、化学療法の効果が高いと予想される患者さんに用いられます。副作用の内容としてはAC療法、TC療法と大きくは変わりませんが、治療が長期に及ぶ分、副作用もきつくなります。

 

 以上の3タイプの他にはTAC療法やCMF療法が行われています。TAC療法はアメリカで主に行われており、CMF療法は1980年代~90年代に行われた治療法で、効果はやや落ちますが副作用の少なさが評価され今でも高齢者に行われる場合があります。

 

《主な副作用とその対策》

 

 副作用は、抗がん剤の効果と比例するものではなく、副作用が強いから効果も高いというわけではありません。ですから、副作用はがまんしないで、薬で抑えたり、適切な対策をとって乗り切りましょう。

 

●吐き気・嘔吐

 吐き気も個人差が大きいのですが、アドリアマイシンやエピルビシン、シクロフォスファミドなど、吐き気が出るリスクが高い抗がん剤を使う場合には、抗がん剤の点滴をする前に、吐き気止めを注射や内服で用います。

 5-HT3受容体拮抗剤、副腎皮質ステロイドホルモンが主に用いられていますが、最近では新規5-HT3受容体拮抗剤のパノロセトロン、NK1受容体拮抗剤のアプレピタントが使用可能になり、抗がん剤のタイプによって選択の幅が広がりました。

 また、一度強い吐き気を経験すると、化学療法が始まると思っただけで吐き気が出てしまう(予期性嘔吐)ことがあります。この予防にはもちろん嫌な経験を一度でもしないようにすることが重要ですが、抗不安薬などの内服により緩和できることが知られています。

 

【日常生活でできる工夫】

☆抗がん剤を投与する日の食事は、軽めにする。

☆食事を少しづつとり、一度に満腹にならないようにする。

食事や飲み物は、ゆっくりとる。

☆油っぽいものや消化の悪いものは避ける。

☆臭いによるムカツキを防ぐには、食べ物を冷やしたり、冷ましてから食べるとよい。

☆リンゴジュースやグレープスルーツジュースを冷やして飲んだり、氷を口に含む。

☆食後はすぐに横になるより、1時間ぐらい椅子に座って休む。

☆映画を見たり、音楽を聞く、おしゃべりをするなど、好きなことに集中して気分転換をはかる。

 

●白血球の減少や貧血など骨髄抑制

 抗がん剤によって、血液中の血球成分をつくる骨髄の働きが低下するために起こる副作用です。白血球が減少すると、免疫@めんえき@が低下して病原菌に感染しやすくなります。そのために、カゼや肺炎、発熱、虫歯の痛みやはれ、食中毒などにもかかりやすくなります。

 ふつう、白血球は抗がん剤を投与して1週間前後から低下しますが、3週間ほどで回復します。実際に感染を起こすことは少なく、発熱など感染があった場合には、抗生剤で治療します。白血球(好中球)の量が減少しすぎた場合には、白血球を増やす薬を使ったり、抗がん剤の量を減らしたり、しばらく治療を休んだりして対処します。

 赤血球が減少すると、貧血になってだるくなったり、息切れを感じることもあります。血小板が減少すると、出血しやすくなるので、鼻血や歯茎からの出血、下血などがあったら、医師や看護師に相談してください。

【日常生活でできる工夫】

☆治療中は、人が多い場所にはなるべく行かない。

☆外出したら、手洗いとうがいを忘れずに。

38度以上の発熱があったら、医師、看護師に相談する。

☆膀胱炎やカゼ症状など、感染症状に気づいたら病院へ。

 

●脱毛

 外見が変わってしまうので、精神的にも非常にストレスが大きいのが脱毛です。髪の毛だけではなく、眉毛や体毛まで抜けてしまうこともあります。

 残念ながら、脱毛を根本から防ぐ手段はありません。ただ、ちょっとした工夫で、気持ちをやわらげることはできます。そして、治療が終わればすぐに毛がはえてきて、元通りになることを忘れないでください。

【日常生活でできる工夫】

☆朝起きたとき、寝具にたくさん毛髪が落ちていたり、シャンプーやブラッシングのときに大量に毛が抜けるのは、決して気持ちのよいものではありません。できれば、治療前に髪を短くしておきましょう。

☆シャンプーは刺激の少ないものに。

☆ブラシはやわらかいものに。

☆パーマや毛染めはお休みに。

☆あらかじめ、気に入った帽子やバンダナを用意して。

☆脱毛が起きる前に、カツラを用意する。

 

●口内炎や味覚の変化

 抗がん剤による口内炎は、口の中がただれたり、潰瘍@かいよう@ができて、痛みで食事をとれないほどひどくなることもあります。そのために、病原菌の感染が起こることもあります。こうしたときは、局所麻酔薬の入ったうがい薬を使ったり、鎮痛剤を使います。

【日常生活でできる工夫】

☆やわらかい食事や流動食にする

☆口の中を清潔にしておく。うがいは、起床時、毎食後、就寝前など、1日7~8回以上を目安に。

☆歯磨きはやわらかい歯ブラシを使う。

☆可能ならば、化学療法をはじめる前に歯科医で歯の掃除を。

 また、苦みを感じたり金属のような味がしたり、味覚の低下や過敏になるなど、味覚にも異常が起こることがあります。味覚異常には亜鉛@あえん@が効くことがあるので、医師や看護師に相談してみましょう。

 フルオロウラシルやカペシタビンなどの抗がん剤は、「手足症候群」を起こすことがあります。手足の裏が刺すように痛んだり、感覚が鈍る、発赤@ほつせき@や発疹@ほつしん@、かゆみなどが出て患者さんを悩ませます。保湿クリームやステロイドの塗り薬で軽減することもありますが、ひどい場合は薬の量を減らしたり、中止することもあります。

 

●その他

 このほか、下痢やむくみ、便秘、関節や筋肉の痛み、タキサン系の抗がん剤では、手足のしびれやピリピリ感、刺すような痛み、感覚が鈍くなるなど、末梢神経傷害があらわれることがあります。まだこれを防ぐ薬はありませんが、治療が終われば多くは改善していきます。

 

 

コラム 副作用からの回復

 

 抗がん剤には、さまざまな副作用があり、健康なときならばあまり深刻には考えない口内炎やしびれ、皮膚の発疹なども、ひどくなると治療を中断しなければならないこともあります。

 ただし、治療が終わればほとんどの症状は回復していきます。そのスピードは、副作用の種類によっても異なりますが、たとえば皮膚の症状や毛髪などは、細胞の入れかわる速度が速いので、治療を終えて数週間で回復してきます。とはいえ、髪の毛を伸ばすのと同じですから、元の髪形に戻るには何カ月かかかります。

 タキサンによるしびれや手足の感覚異常などは、もう少し時間がかかって、治療終了後9カ月以内に半数の人が回復すると報告されています。

 

 

分子標的治療薬とは

 

《がん細胞をねらい撃ち》

 

 抗がん剤が、その毒性でがん細胞も正常細胞も無差別に攻撃するのに対し、がん細胞の生物学的特性に的@まと@をしぼって攻撃するのが、「分子標的治療薬」です。

 分子レベルでがんの研究が進んだ結果、がん細胞ががん細胞であるためには、いろいろなメカニズムが必要であることがわかってきました。栄養を取り込むために、にわかづくりの血管を引き込んだり、どんどん分裂増殖したりします。こうしたメカニズムに的をしぼって、がん細胞をねらい撃ちするのが、分子標的治療薬です。正常細胞には、こうした特性はないので、攻撃目標にはなりません。

 そのため、分子標的治療薬には、これまでの抗がん剤のような副作用はあまり認めません。ただし、別の副作用が出ることはあります。

 分子標的治療薬は、がんの薬物療法に新たな選択肢を設け、治療法を大きく前進させました。現在、がんのメカニズムが解明されるとともに、さまざまな分子標的治療薬が開発され、治療に使われています。なかでも最も成功した分子標的治療薬の一つが乳がんに使われる「トラスツズマブ」(商品名ハーセプチン)です。

 

《以前は悪性といわれたタイプ》

 

 トラスツズマブは、がん細胞の表面にあるHER2という受容体(HER2タンパク)に結合して、増殖を阻止する抗体治療薬です。

 エストロゲンが、細胞表面にあるホルモン受容体に結合してホルモンとして作用するように、HER2受容体に作用物質が結合すると、細胞に増殖命令が出ます。正常細胞にもHER2受容体はあるのですが、乳がん細胞の中にはHER2受容体が異常にたくさん出ている(過剰発現)ものがあります。こういうタイプのがんは、ホルモン療法が効かないタイプの乳がんに多く、過剰な増殖命令が出てどんどん増殖するので、がんとしての悪性度が高い、タチの悪い乳がんと言われていました。

 

《強陽性が適応》

 

 ところが、トラスツズマブが開発されて、状況は一変しました。トラスツズマブはHER2受容体にとりつき、HER2受容体に作用物質が結合するのをブロックします。その結果、細胞に増殖命令が出なくなるのです。トラスツズマブが結合することで、免疫細胞もがん細胞を認識しやすくなり、攻撃をはじめます。こうして、がん細胞は生き残ることができなくなります。

 トラスツズマブの適応になるのは、HER2タンパクがたくさん発現している「強陽性」の人です。検査には、がんの組織を染色して調べる免疫組織学染色法と、HER2遺伝子を見るフィッシュ法があります。染色法では、0から+3まで4ランクに分けられ、+3ならば問題なく強陽性で、トラスツズマブの適応です。+2の場合は、さらにフィッシュ法で調べ、HER2遺伝子が増殖していればトラスツズマブの適応になります。

 

分子標的治療薬の効果と副作用

 

《術後の再発予防にも効果》

 

 HER2受容体が強陽性で、分子標的治療薬・トラスツズマブの治療対象になる人は、乳がんの人の20%ぐらいと言われています。

 トラスツズマブが日本で乳がん治療に使われるようになったのは、2001年です。当時、健康保険でトラスツズマブの使用が認められていたのは、再発・転移した乳がんに限られていました。しかし、20055月には手術後の再発予防にも大きな効果があるというデータが発表され、現在は手術後の再発予防(術後補助療法)にも使われています。

 特に、抗がん剤と組み合わせて使うと効果が高いことがわかり、タキサン系の抗がん剤と併用したり、アンスラサイクリン系の薬で治療をしたあと、トラスツズマブを投与するといった方法で治療が行われています。

 トラスツズマブは、3週間に1回点滴で投与します(毎週投与する方法もあります)。これを1年間つづけるのが標準的です。

 トラスツズマブによる術後補助療法の対象は、HER2タンパクが強陽性の人で、1cm以上の大きさの浸潤がんの患者さんと当初は考えられていました。しかし今では5mm1cmの大きさの浸潤がん患者さんもその対象と考えられています。

 

《トラスツズマブの副作用》

 

 トラスツズマブには、脱毛や悪心@おしん@、嘔吐、白血球の減少など、これまでの抗がん剤に見られたような副作用はほとんどありません。

 しかし、投与後数時間から24時間以内に、多くの患者さんに発熱と悪寒@おかん@が見られます。最初は40%ぐらいの患者さんに起こりますが、2回目以降は5%以下と、ごく少なくなります。なぜ発熱や悪寒が起こるのか、その原因はまだわかっていません。

 重い副作用として注意が必要なのは、心臓への影響です。トラスツズマブは心臓機能の低下を起こすことがあります。そのため、同じように心臓に影響があるアンスラサイクリン系の抗がん剤とは同時併用しない方がよいと考えられています。また、治療中は定期的に心臓の検査をすることが必要です。

 トラスツズマブが登場したおかげで、かつて増殖が早く、ホルモン療法もきかない難しいがんといわれていたHER2陽性乳がんは、むしろコントロールしやすいがんというようなイメージに変わりました。

 これは、転移再発した場合でも同様です。再発転移の場合は、ラバチニブというチロシンキナーゼ阻害剤に属する分子標的治療薬も認可されており(転移再発がんの項参照)、さらに現在開発中の薬としてはネラチニブ、ペルツズマブT-DM1など目白押しとなっています。しかし、こうした進歩のかげで、最後に残されたのがトリプルネガティブという、ホルモン療法もトラスツズマブも効かないがんです。

(※トラスツズマブの作用メカニズムイラスト)

 

 [コラム] 薬物療法にかかる費用

 

 乳がんの治療費は、手術費用だけでは済みません。術後補助療法は長期にわたるので、その分費用もかかります。

 一般的に、3割負担で以下のような費用がかかります。(実際には高額医療費の補助制度もあるため、負担額の計算は複雑です)

手術後の放射線治療は10万円ほど

タモキシフェンによるホルモン療法は5年間で20万円ほど

LH-RHアゴニストは2年で36万円ほど

アロマターゼ阻害薬は、5年間で30万円ほど

抗がん剤の場合、6カ月で20万~30万円ほど

トラスツズマブは、1年間で70~80万円ほど

 新薬や分子標的治療薬は薬価が高く、患者さんの大きな負担になっています。このほか、診察代などもあるので、経済的な問題があれば、まず病院のソーシャルワーカーに相談してみましょう。

 

☆コラム 残された「トリプルネガティブ」

 

 乳がん治療では、エストロゲンやプロゲステロンの受容体があればホルモン療法、HER2受容体がたくさんあればトラスツズマブ、という分子標的治療薬が使われます。

 がんそれぞれが持つ個性に狙いをつけて薬物療法を行うわけです。それによって、効かない方への治療を避け、効果の期待できる方に対象を絞って治療を行います。

 ところが、ホルモン受容体が陽性の人は7割、HER2受容体が過剰発現の人は2割に限られています。両方陽性の乳がん(ルミナルB/ルミナルHER2タイプ・ページ参照))もあります。反対に、どちらも陰性で、ホルモン療法の対象にも分子標的治療薬の対象にもならないという人もいます。これが、「トリプルネガティブ」(ホルモン受容体2種類とHER2受容体で3種と数える)と呼ばれるタイプです。

 この場合、効果が期待できるのは現在のところ抗がん剤だけになります。抗がん剤の効果は高いタイプですが、がんの特性に狙いをしぼって攻撃できないのが、ネックです。

 しかし、トリプルネガティブ乳がんの対策は現在のがん領域の最優先課題の一つでもあり、多くの研究者がかかわっています。トリプルネガティブ自体も、ベイサルライクやクラウディンロウなどのいくつかのサブタイプに分類されることがわかってきました。また、トリプルネガティブに的@まと@をしぼったPARP阻害剤という分子標的薬の開発が進行しています。中でもイニパリブという薬剤が第2相試験(がんを縮小させる効果を見る試験)で有意な効果を示し期待されていましたが、第3相試験(延命効果を見る試験)では全体としての有効性は示せませんでした。紆余曲折は予想されますが、PRAP阻害剤が、必ずトリプルネガティブ乳がんの現在の局面を打開してくれると多くの専門家が期待しています。

 

 

 

 

第3章  乳がんのステージ別治療法

 

 

乳がんの進行期と治療法

 

A期までは手術が中心》

 

 乳がん治療では、がんの個性と進行期が治療法を決定する2大要素になります。

 ホルモン感受性やHER2受容体の有無、悪性度、増殖能などが、乳がんそれぞれの個性になります。これについては、すでに各治療法で説明をしましたので、ここでは進行期ごとに治療法を見ていきましょう。

 乳がんの進行期は、ページのように8つの段階に分けられます。0期は、まだ乳管から発生したがんが乳管の中にとどまっている段階です。周囲に浸潤していないので、非浸潤がんといわれます。がんが、乳管や小葉の外に滲@し@み出すように広がりはじめると、たとえ数ミリの大きさでも浸潤がんと呼ばれます。

 この中で、期からA期まで、つまりがんの大きさに関係なく、リンパ節転移が脇の下の腋窩@えきか@リンパ節か胸の内側のリンパ節にとどまっている間は、手術が基本的な治療法になります。浸潤がんになると、血液やリンパ節に乗って、すでにがんの芽がタンポポの綿毛のように全身に散らばっている危険があります。そこで、乳房温存手術を受けた人も、乳房切除になった人も、手術後には再発予防のために薬物療法による術後補助療法が行われるのが基本です。なお術前に数ヶ月間抗がん剤やホルモン療法を行う場合もあります

 

B期以降は薬物療法中心》

 

 もう少し進んで同じ期でも、B期、C期になると、胸壁にがんが広がったり、鎖骨近くのリンパ節に転移があり、より全身的な薬物療法が治療の中心となります。通常は抗がん剤が最初と治療として選択されるケースが多いですが、病状により手術が可能なら手術先行となるケースもあります。

 さらに、遠隔転移@えんかくてんい@(乳房とは離れた臓器に転移すること)を起こした期になると、全身のがんがターゲットとなり、ホルモン療法や抗がん剤による薬物療法が中心になります。必要に応じ、局所コントロールを目的とした手術が行われます。

 

 

0期(非浸潤がん)の治療

 

《以前は乳房切除が中心》

 

 0期は、まだがんが乳管内にとどまっている非浸潤がんです。シコリとして触れることは比較的少なく、マンモグラフィで「微細石灰化」として発見されたり、超音波検査でごく小さな腫瘤として発見され、生検でがんと診断されたものが中心です。

 つまり、0期は超早期のがん。浸潤がんでも乳房温存療法ができるのですから、非浸潤がんなら乳房温存療法は当然で、もっと小さな手術でも治るのではないか、と考える人が多いのではないでしょうか。

 ところが、浸潤がんに乳房温存療法が導入された後も、0期の乳がんはむしろ乳房を切除する乳房切除術が一般的だったのです。非浸潤がんは、まだ乳管の外には出ていませんが、そのかわり乳管内に病変が広く分布していることが多く、がんの部位を局所的に切除する乳房温存療法では取り残しの危険がある、と考えられていました。

 これまでの経験から、非浸潤がんを取り残した場合、その半数は浸潤がんとして再発してきます。もちろん、発見された時点でまた手術をするなど治療を行えば、その多くは治ります。しかし、乳房切除術で取ってしまえば確実に治るがんで、万が一命を落とすようなことがあってはならないと考え、乳房温存の慎重論が強かったのです。

 

《センチネルリンパ節生検も必要》

 

 しかし、幸い現在では、MRI、超音波検査、マンモグラフィーなどの画像診断が進歩し、がんの広がりをかなり正確にとらえられるようになってきました。また治療データが蓄積されてきたこともあり、非浸潤がんでもがんが広範囲に分布していなければ、積極的に乳房温存療法が行われています。

 乳房温存療法で病巣を摘出したあとに乳房に放射線照射を行うのは、基本的には浸潤がんの手術と同じです。放射線照射によって、乳房内の局所再発を防ぐことができます。

 では、センチネルリンパ節生検はどうでしょうか。非浸潤がんは、乳管内にとどまるがんなので、理論的には転移のおそれはないはずです。ところが、実際には、わずかですが腋窩リンパ節転移をともなう例が報告されています。これは、一部にごくわずかな浸潤があったためと見られています。また非浸潤がんといっても実際には手術後に初めてその診断が確定され、手術をしてみたら浸潤がんであったというケースも少なくありません。そのため、腫瘍の範囲が広い場合、またがんの顔つきが悪い場合、乳房全摘が行われる場合など、多くの場合で、乳房の手術と同時にセンチネルリンパ節生検を行います。

 

 乳房温存手術後は、ホルモン感受性が陽性ならば、タモキシフェンを再発予防のために5年間服用することも治療の選択肢になりますが、一般的には術後の薬物療法は行いません。

 悪性度の低い、小さな病変などを中心に非浸潤がんの中には、そのまま大きくならずに終わってしまうものもあると考えられています。過剰診断、過剰治療という問題ですが、がんの早期診断に関わる重大な問題です。診断技術の進歩とデータの蓄積で一歩ずつ解決していくことが期待されています。(図:非浸潤がん治療の流れ)

 

 

 

 

 

 

 

1期・期・A期の乳がん治療

 

《乳房温存が基本です》

 

 自己検診などで、シコリに気づいて見つかることが多いのが、期と期の乳がんです。日本では、この時期に乳がんが見つかる人が一番多いといえます。

 がん組織がすでに乳管や小葉の外に出ているので浸潤がんですが、まだリンパ節転移はないか、あっても脇の下の腋窩リンパ節に限られています。さらに、期のうち、まだリンパ節転移が脇の下の腋窩リンパ節か胸の内側など乳房近くのリンパ節に限られているのが、A期です。

 期、期では、60~70%の患者さんが乳房温存療法の対象となります。乳房温存療法の適応になるかどうかは、がんの大きさと乳房の大きさのバランスによります。3センチのがんでも、周囲に1~2センチの余裕(マージン)をとって切除すれば、5~7センチ切除することになります。日本人の場合、欧米人と違って、5~7センチの固まりを切除しても乳房の形が崩れない人は、そう多くはありません。そのため、3センチ以下の乳がんが乳房温存療法の適応の一応の目安にはなっています。

 しかし、あくまでも乳房の大きさとがんの大きさのバランスが重要で、また単純なしこりの大きさより、乳房周辺への広がりがあるかが重要なため、大きさは参考程度と考えられています。

 また、乳房温存療法が開始された当初は、乳頭部から何センチ以上離れていなければならない、といった基準も検討されていましたが、乳頭を一緒に切除する乳房温存という選択肢もあり、現在はあまり問題にされていません。

 がんが乳房にくらべて大きすぎる場合、術前の化学療法、あるいはホルモン療法を行い、がんを小さくしてから乳房温存手術をする方法もあります。いずれにせよ、がんを確実に切除でき、美容的に乳房を残せるなら、乳房温存療法の適応とされ、それが叶わぬなら乳房切除が選択されます。乳房を切除することは、女性にとって大きな精神的苦痛をともないますが、単純に乳房を切除するだけではなく、乳房再建の技術も進歩しており、どちらがより安全で、美容的かという観点から様々な肉体的、経済的負担の問題も加味して選択されます。

最近アメリカを中心に家族性乳がんの問題がクローズアップされ、乳房切除率が上昇する傾向にあります。ステージ1,2での乳房温存療法と乳房切除術の治療効果は一定の基準を満たせば同等と考えられ、その裏付けとなるデータもしっかりしています。しかしながら、乳がんになりやすい体質への対処のため、片側のがんと診断された時点で同時に両方の乳房を切除して再建するという選択が増えてきています。

日本では遺伝性乳がんへの対応がまだ始まったばかりで、この分野の研究は遅れています。しかしながら、乳がんを克服した患者さんの対側の乳がんの発生が多いという事実を目の当たりにするとこの問題が極めて重要であることが実感されます。乳房を安全に美容的に残して治療するというテーマと、乳がんの予防のため健康な側の乳房も切除するというテーマは一見矛盾するように思われますが、我々が乗り越えていかなければならない重要な課題です。

とはいえ現状の日本ではまだデータの蓄積が不十分で、対側の予防切除は実際の治療の選択肢に挙がってはいません。あくまで病気にかかった側の手術をどうするかが今は問題です。乳房を残せるか、全摘した方がいいのか微妙なケースは少なくありません。このため自分の希望を担当医にきちんと伝え、それぞれのリスクとメリットを聞いた上で判断することが大切です。

 

《術前化学療法を行うことも》

 

 現在、日本では、すべての乳がん患者さんの50%程度が乳房温存療法を受けていると見られます。乳房温存療法がこれまで増えてきた要因としては、早期診断により乳房温存が可能な段階で乳がんと診断される患者さんが増えたこと、術前療法の手法により、比較的大きながんでも乳房温存が適応されるようになったことが挙げられます。一方で乳房MRIなど画像診断の進歩により、乳房内の副病変が術前検査で指摘され、全摘手術が増えるという要因もありMRI検査自体の必要性が海外では議論となっています。

 期やA期で、がんが乳房にくらべて大きすぎるという理由で乳房温存療法の適応とならない場合は、術前化学療法を行うことで、温存が可能になる場合が少なくありません。臨床試験では、術前化学療法を行った結果、7%温存率が向上したという報告があります。A期でも、30~40%の人は温存が可能です。

 また、術前化学療法によって、がんが消えてしまう(病理学的完全奏効)人も少なからずいることがわかっています。その場合は、治癒率も高くなります。

 術前療法では、術後に再発予防のために行う薬物療法で使用される薬と同じ薬を使います。たとえば、

HER2が陽性ならば、分子標的治療薬(トラスツズマブ)と抗がん剤の併用治療を6カ月(点滴)

トリプルネガティブならば、抗がん剤を6カ月(点滴)

ホルモン受容体が陽性で、閉経後であれば、アロマターゼ阻害薬を3~6カ月服用

 といった形です。詳細は、術後の薬物療法を参照してください(ページ)。術前の薬物療法は、基本的には外来通院で行うことができます。

 術前療法を行うことによって、特に抗がん剤の場合、がんの70~90%は奏功します。しかし、同じように縮小した場合でも、一カ所にギュッとまとまるように小さくなるものは温存しやすいのですが、バラバラに分かれて縮小した場合には、乳房温存は結局困難となります。こうした縮小パターンは、ある程度治療開始前に予想できることであり、がんが縮小したといっても、全員が温存可能になるわけではないことも知っておく必要があります。

 ただし、温存はできなくても、使った抗がん剤が効いたことは証明されていますので、その結果は術後補助療法などの薬物療法の選択に役立つ情報となります。また術前療法の最大の目的はあくまで目に見えない微小転移を根治させることにあります。

 

《センチネルリンパ節生検》

 

 乳房温存療法でも乳房切除術でも、腋窩リンパ節に転移があるかどうかを確認するために、センチネルリンパ節生検を行います。センチネルリンパ節に転移がなければ、リンパ節郭清の必要はありません。

 乳房温存療法は、乳房温存手術後に放射線照射を行うことが必須です。センチネルリンパ節に転移がみられた場合の対処は前述(●●ページ)のように現在の手術の論点の一つです。乳房切除術では、センチネルリンパ節生検が陽性の場合には、腋窩リンパ節の郭清を行います。その結果、リンパ節に4個以上の転移があれば、やはり放射線照射が必要と考えられています。

 いずれの手術でも、浸潤がんの場合は、すでにがんの芽が全身に散らばっている可能性がありうるので、術後には再発予防のために、それぞれのがんの個性に応じた術後補助療法(ページ参照)が行われます。

 

(図:浸潤がん治療の流れ)

 

B期、C期(局所進行がん)の治療

 

《手術は可能な限り行う》

 

 期は、局所進行がんといわれ、特に以前は手術できるかできないかの境目のステージとされてきました。A期ならば手術が基本ですが、B期、C期になると手術はむずかしいことが多く、また結局再発するため手術の効果もはっきりしないとされてきました。今では、各種薬物療法、放射線療法を併用したいわゆる集学的治療の一貫として手術が行われ、また可能になってきており、その治療成績も向上しています。

 がんの大きさに関係なく、乳房表面の皮膚にがんが食い込んでただれていたり、がんがのぞいている、あるいは胸壁にガッチリとシコリが固定されているような場合は、B期です。

 炎症性乳がんも、このB期に分類されます。炎症性乳がんは、シコリは触れませんが、乳房が赤みをおびてはれ、熱っぽくなり、いかにも炎症が起きているように見えます。はれて毛穴が目立つこともあり、乳腺炎とまちがいやすいがんです。発生率は1~2%ですが、発見時にはすでにかなり進行していることが多く、以前は治療のむずかしいがんでしたが、集学的な治療をすることにより、成績の改善がみられています。

 炎症性乳がんも含めて、この段階では全身にがんが散らばっている可能性が高いので、まず、抗がん剤による化学療法を行います。がんの性質を見て、HER2受容体が陽性ならば、分子標的治療薬・トラスツズマブも加えて治療を行います。

 その結果、がんが小さくなったり、リンパ節のはれが縮小して手術が可能と判断されれば乳房切除術、がんが胸の筋肉にまで浸潤していれば、乳房といっしょに胸筋の一部も切除する手術を行います。炎症性乳がんの場合も同じですが、たとえ薬物療法の効果が出て手術が可能になったとしても、乳房温存療法は、局所再発率が高いので通常はすすめられません。

 手術後は放射線療法を行い、さらにがんの性質に応じた薬剤を選択して術後補助療法を行うなど治療コンセプトは他のステージと同じです。抗がん剤による化学療法の効果がなければ薬剤を変更したり、引き続き放射線治療を行うこともあります。

 このステージの治療の中心は薬物療法で、それに手術や放射線治療も総動員して治療を行うというのが基本です。

 

C期も薬物療法中心》

 

 鎖骨@さこつ@の上下にあるリンパ節に転移しているのがC期です。鎖骨周囲のリンパ節は、脇の下や胸のリンパ節とくらべ乳房から離れているので、それだけ転移が進んでいるといえます。

 したがって、全身に散ったがん細胞を治療するという意味で、薬物療法が基本となります。生検で調べたがんの性格をもとに、ホルモン療法や抗がん剤、分子標的治療薬を使います。すべての治療法を総動員して治療にあたるという点は、B期と同様です。

 

コラム 乳がんの治癒率

 

 乳がんは比較的進行が遅いがんで、10年を過ぎて再発することも少なくなく、20年以降の再発もまれではありません。とくにルミナルAタイプのホルモン受容体が強陽性でがんの顔つきのおとなしいものにその傾向が見られます。がんは5年生存率を治療成績の目安にするのですが、乳がんの場合は10年生存率で見ます。

 0期の非浸潤がんであれば、100%近く治ります。期でも、10年生存率は90%以上の報告が多いのですが、10年の段階で再発して生存されている方もおり、またそれ以降の再発も少ないため、臨床試験ベースの治療成績は出せても、全体のステージ別の治癒率というのはなかなか把握が困難です。

 

 

 

乳がんの転移・再発とは

 

《局所再発と遠隔転移》

 

 「再発」というと、かつては手術の取り残しが原因と考えられていました。この取り残しを防ぐためにハルステッド法(定型的乳房切除)など広範囲の切除が行われましたが、それによって再発率は減りませんでした。そのため、もう手術する時点で転移が成立しており、術後何年か経ってこれが明らかになってくると理解されるようになりました。

 乳がんは、浸潤がん(期)となった時点で、すでに全身にがんの芽がタンポポの綿毛のように散らばっている可能性がありうると考えられています。

 この綿毛が芽を出し、成長して、検査によってがんとしてとらえられる状態になったのが、「再発」です。術後の薬物療法で再発の頻度は抑えられていますが、それでも網の目をかいくぐって成長してくるものがあるのです。

 乳房温存療法で残した乳房や、その周囲の皮膚、リンパ節などにがんが出てくるものを「局所再発」といい、肺や骨など、乳房とは離れた部位に発生するものを「遠隔転移」(遠隔再発)といいます。がんが発見された時点で遠隔臓器に転移がある状態が、ステージでいうと期の進行がんとなります。

 

《早期発見しても生存率は同じ》

 

 乳がんの場合、再発の半分程度は5年以内に起こりますが、半分は5年以降に起こります。前述したように20年以上経てから再発してくることもあり、その意味では気が抜けないがんです。

  しかし、乳がん経験者にとって一番こわいのは、やはり再発・転移です。早期発見、早期治療というがん治療の原則どおり、少しでも早く発見して、治療してしまいたいと思うのが人情です。ところが、この原則も、乳がんの再発・転移には残念ながらあてはまりません。

 イタリアで、乳がんの再発を定期検診によって早期発見したグループと、症状が出てから治療を受けたグループとを追跡調査した比較試験が2つ報告されています。ところが、そのどちらも、生存率や患者のQOL(生活の質)に差はなかったと報告されました。

 つまり、乳がんでは、定期的に検診をして再発・転移を早期発見しても、症状が出てから治療をしても、治療成績に変わりはないということになります。

 したがって、早期発見のためにひんぱんに検査を受けるのはあまり意味がありません。このような事実を踏まえ欧米、日本のガイドラインでは術後のレントゲン検査、採血など転移を見つける検査は推奨されていません。ただこのイタリアの研究は1980年代の医療水準が前提になっており、各種画像診断、トラスツズマブを代表とする薬物療法の進歩を経た今日でも同じなのかという疑問の余地はあります。また以上の話は遠隔転移についての議論であり、乳房とその周囲の局所再発と、反対側の乳房にできる新しいがんについては、早期発見が重要なので、一度乳がんになった人にとっては、定期的な検診は欠かせません。乳がん経験者は、一生のうち、10人に1人が手術を受けた反対側の乳房にもがんができるというデータがあります。定期的な検診によって、反対側の乳がんによる死亡率が30%低下すると考えられています。

 

局所再発した乳がんの治療

 

《再手術で治癒も可能》

 

 乳房温存療法で残した乳房や、その周囲の皮膚、リンパ節にがんが再発することを局所再発といいますが、局所再発ならば、まだ十分に治癒が可能です。

 局所再発にも二つの意味があります。一つは、単純に最初の手術で取り残したがんが時間とともに増大してきた場合。もう一つは、手術でがんを摘出したときに、すでに体内に潜んでいたがんの芽が、薬物療法の攻撃をすり抜け、次第に目覚めて大きく成長してきたような場合です。こういう場合は、局所再発につづいて遠隔転移が出てくる危険性が高くなり、治療がむずかしくなります。

 実際には、どちらのタイプかを鑑別することは困難です。そこで、こうした可能性を考え、局所再発がんに対しては、手術や放射線など局所療法を行うとともに、薬物療法による全身療法が行われるのです。

 

《局所と全身療法を組み合わせる》

 

 局所再発の場合は、手術した側の乳房の皮膚が赤くなる、皮下にシコリを感じる、あるいはリンパ節がはれる、といった症状が出ることがあります。

 定期検診では、触診と超音波検査で局所再発の有無をチェックします。また年に1回マンモグラフィも行います。

 その結果、局所再発と判明した場合には、手術が行われます。最初の手術が乳房温存療法の場合、再度乳房温存療法が行われることもありますが、一般的には乳房切除術が行われます。

 切除後には放射線照射も考慮されますが、一生のうちで同じ場所に照射できる放射線の量は決まっています。このため、前回の手術で放射線を照射している場合には、同じ場所に放射線治療はできないことになります。

 さらに、局所再発が臓器転移の前触れである可能性も少なくないため、全身のがんをたたくために薬物療法を行います。これも、がんの性質に合わせて、ホルモン療法や抗がん剤、分子標的治療薬などを使います。

 ただし、局所再発までの期間が短く、炎症性乳がんのように赤くはれたような形で再発した場合は進行が早く、手術も困難な場合が多いので、まず薬物療法による全身療法を行い、それから手術などの局所療法を考えます。

(局所再発の治療)

 

遠隔転移したがんの治療

 

《薬物療法で長くつきあう》

 

 局所再発と遠隔転移とでは、治療の考え方が大きく違ってきます。

 局所再発の場合は、治癒を目指す手術と、再再発を防ぐための薬物療法が行われますが、遠隔転移の場合は、がんの進行を抑え、症状を緩和@かんわ@することが目的となります。乳房から遠く離れた臓器に転移が発生したということは、がんの芽がすでに体中に広がっており、どこに転移しても不思議ではない深刻な状態であることを示しています。

 そのため、手術で局所のがんを切除しても、体に負担をかけるだけで、治癒に結びつけることは困難です。抗がん剤やホルモン療法などの薬物療法で、全身に散らばったがんの成長を抑え、症状を取り除きながら、がんと長くつきあっていくことが、治療の目的になります。

 しかし、幸い乳がんには、ホルモン剤、抗がん剤、分子標的治療薬と、いくつも効果のある薬があります。しかも、それぞれに何種類かの薬があります。がん治療に使われる薬は、必ずがん細胞に耐性ができて、薬が効かなくなるときがくるのが、大きな難点です。しかし、乳がんの場合、この薬が効かなくなったら、また次の薬を使うというように、上手「に薬を組み合わせ、それを順番に使うことによって、転移後も長く元気で過ごしている人がたくさんいます。しかも新薬の登場で、延命期間はかなり延びています。

 

《最初はホルモン療法から》

 

 薬物療法の項でも説明したように、適切な薬物療法を行うためには、ホルモン受容体の有無、HER2受容体の有無、がんの「顔つき」や増殖能力の程度、閉経前か閉経後かなど、乳がんの性質と、患者さんの体の状態などを知ることが重要です。術後補助療法が行われている場合が多いので、これまでに使った薬剤の情報も重要です。もし術前化学療法が初回治療で行われた場合は、そのときに使った薬とその効果の程度も重要です。

 転移が見つかって初めて薬物療法を行う場合は、ホルモン受容体が陽性であれば、まずホルモン療法から始めます。抗がん剤より副作用が少なく、効果の長続きが期待できることがその理由です。

 閉経前ならばLHRHアナログとタモキシフェンの併用あるいはそのどちらか、閉経後ならばアロマターゼ阻害薬を、まず最初に使うことがことが推奨されています(一次治療)。このホルモン療法が効かなくなれば、また次のホルモン剤を使い、それも効かなくなれば次というふうにホルモン療法を行います。

 ホルモン療法が効かなくなれば、次の段階として、抗がん剤治療に入っていきます。

 一方、ホルモン受容体が陰性の場合には、ホルモン剤が効かないので、抗がん剤治療から始まります。HER2受容体が陽性ならば、分子標的治療薬・トラスツズマブと抗がん剤を併用し、HER2受容体が陰性ならば、抗がん剤を単独で使います。これも、効かなくなれば順番に抗がん剤を使っていきます。

 こうした乳がんの薬物療法の流れを示したのが、左の図です。乳がんの性質にあわせていくつもの治療手段があるのが強みです。なお、臓器転移は治癒が期待できず症状緩和が治療目的という前提で述べてきましたが、トラスツズマブが登場してから状況が変わってきているかもしれません。HER2陽性の患者さんに限った話ではありますが、トラスツズマブの点滴を継続することで、数年転移巣が消えたままという患者さんが多くみられるようになってきました。このことが分子標的治療薬への期待を高めるきっかけになりました。

 

《苦痛の緩和》

 

 薬物療法は、全身に散らばったがんの成長を抑えるための手段ですが、遠隔転移があると、転移した局所にもさまざまな症状があらわれることがあります。

 こうした局所的な症状にも、いろいろな治療法が用意されています(次ページ参照)。また、痛みや不安感、うつ症状など、さまざまな苦痛に対しては、それぞれの専門家が的確に対処してくれます。現在は、各分野の専門家が集まって治療を行う「チーム医療」が、がん治療の中心となっています。

 特に緩和医療チームは、肉体的な苦痛にも精神的な苦痛にも、専門的な知識を持ってケアしてくれます。以前は、緩和ケアというと末期医療のように考えられていましたが、現在は苦痛の緩和という意味で、治療の早い段階から患者とかかわりを持ち、サービスの提供を行ってくれます。

 

(図:遠隔転移の治療の流れ)

 

乳がんの遠隔転移と治療

 

 

30%は骨転移》

 

 乳がんは、最初に骨に転移することが多く、遠隔転移の約30%は骨転移です。

 そのほか、リンパ節、胸膜、胸壁、肺、肝臓、脳なども、乳がんが転移しやすい部位です。こうした部位に転移したがんは、「転移性乳がん」、あるいは「乳がんの骨転移」とか「乳がんの肺転移」といった言い方をします。

 転移したがんは、肺や肝臓など、どの臓器に転移しようとも、乳がんの性質をそのまま持っており、原発性の肺がん(最初から肺に発生したがん)や肝臓がんとはまったく異なるものです。薬も、乳がんに効果のあるものを使います。

 

《転移した部位と治療》

 

 遠隔転移を起こした場合は、全身のがんをたたく薬物療法が基本になりますが、転移した部位の症状がある場合には、薬物療法と併行して転移した局所の治療を行うこともあります。あるいは、薬物療法が効果をあらわすには数週間から3カ月ぐらいかかるので、薬物療法を先行してから局所の治療を行うこともあります。

 

骨転移

 骨の中でも、乳がんが転移しやすいのは、腰椎@ようつい@や胸椎@きようつい@、頸椎@けいつい@などの背骨や骨盤、肋骨@ろつこつ@、頭蓋骨、腕の上腕骨@じようわんこつ@、足の大腿骨@だいたいこつ@などです。

 血液やリンパに乗って骨髄に転移したがん細胞は、そこで増殖し、やがて骨を溶かします。そのため、骨が弱くなり、ちょっとした拍子に手足を骨折したり、背骨の場合は自分の重みで圧迫骨折を起こすこともあります。

 骨折の痛みは突然に起こりますが、骨折をしなくても、転移した骨には痛みが出ることがあります。これは、正常の骨の組織ががんの増殖によって破壊されることが原因です。初期にはあまり痛みはありませんが、やがて強い痛みを起こすこともあります。

 増殖したがんや圧迫骨折などによって、脊髄の中を走る脊髄神経が圧迫されると、手足のしびれやマヒが起こることもあります。神経が損傷されてしまうと、こうした症状が治らなくなるので、できるだけ早く治療を受ける必要があります。

 また、骨が溶けると、血液中にカルシウムが増え、高カルシウム血症を起こすことがあります。高カルシウム血症を起こすと、のどが渇く、ムカムカする、尿量が増える、おなかが張る、便秘、ボッーとするといった症状があらわれます。このような場合も、早く治療を受けないと、脱水症状が進み、腎臓の働きが低下してしまいます。

 

【検査と治療】

 骨転移の有無は、骨シンチグラフィを基本に、MRI検査、X線検査、PETCT検査などで調べます。

 骨転移があっても、特に症状がなければ、経過を観察します。しかし、痛みがある場合には、痛み止めの内服薬を飲み、それでもコントロールできないときにはモルヒネ(麻薬)を使います。またゾレドロン酸という、骨粗鬆症の治療にも効果のある薬を使うことで、骨折や痛みをある程度予防することができます。ゾレドロン酸は、骨からカルシウムが溶け出すのを防ぐので、高カルシウム血症の治療にも使われます。

 骨折が起こりそうな部位があったり、痛みが非常に強い場合は、手術や放射線という治療法もあります。

 大腿骨の中央部や、股関節を構成する大腿骨骨頭などに転移がある場合には、骨折を起こす前に内固定をしたり、転移した病巣を切除し、人工骨頭にかえるなど、整形外科的な手術を行う方法もあります。これによって、骨折を防ぎ、歩行が困難になることを防ぐことができます。

 背骨の脊椎に転移がある場合は、圧迫骨折を防ぐために、破壊された脊椎に骨セメントを注入して強化する方法もあります。この方法は、骨が不安定になって背骨に痛みを起こしているケースにも効果的です。

 放射線治療は、転移したがんの増大を抑え、骨の痛みをやわらげるのに効果があります。骨転移には体外から放射線をかける外照射が放射線治療の中心になりますが、ストロンチウムを用いた内照射という方法もあります。

 

脳転移

 がんが脳へ転移すると、頭痛、めまい、ふらつき、手足のマヒなど、転移した部位によってさまざまな症状があらわれてきます。

 転移の有無は、造影剤を使ったMRI検査で確認できます。

 脳の転移巣が大きくなると、頭蓋骨内部の圧が上がって脳が圧迫され、いろいろな症状があらわれます。そこで、転移巣を治療して症状を緩和するために、脳外科手術やガンマナイフ、リニアックなどの放射線療法が行われます。

 脳には脳血液関門という異物の侵入を防ぐゲートがあるため、抗がん剤をはじめとする薬物療法の効果は限定的です。

 転移した病巣が一個で、部位的に取りやすい位置にあれば、患者さんの状態によっては手術で病巣を摘出することもあります。

 脳転移の治療は、放射線治療が中心となります。ガンマナイフやサイバーナイフは、定位照射といい、頭を固定した状態で、ピンポイントで放射線を照射します。これによって、脳の奥のほうなど、手術がむずかしい部位にできたがん病巣でもつぶすことができます。小さな脳転移が1個だけならば、外科手術でも、ガンマナイフなどの定位照射でも成績は同じです。

 3~4個のがんならば、ガンマナイフなどの定位照射行うことができますが、がんが脳に多発しているような場合には、脳全体に放射線を照射する全脳照射という方法が基本となります。外科手術や定位照射を行った場合も、その後の再発予防のため通常は全脳照射を追加します。

 

肺や肝臓への転移

 肺の場合、肺の末梢に結節(コブのような固まり)をつくるタイプと、肺や胸膜のリンパ管にがんが詰まって水(胸水)がたまるタイプとがあります。

 結節タイプは、比較的進行が遅く、進行しても症状が出ないこともあります。水がたまるタイプは、咳@せき@や呼吸困難などの症状が出るので、早期の手当てが必要です。

 肝臓の場合は、沈黙の臓器といわれるように、転移があっても、ほとんど症状はありません。そのため、全身的な治療法である薬物療法が優先されるのが一般的です。

 

【検査と治療】

 肺転移はX線検査やCT検査で確認されます。

 結節タイプの場合は症状がないので、転移性乳がん治療の基本である全身の薬物療法が先行されます。ただ転移が1~2個だけの場合は、本当に転移かどうかわからない。良性かもしれないし、肺原発の肺がんかもしれないという問題もあり、胸腔鏡下の手術で切除して診断をはっきりさせます。また可能であればホルモン受容体やHER2受容体を転移巣で調べたいという目的もありかつてよりも切除意義が認められるようになりました。

 これに対して、水がたまるタイプは、がん性胸膜炎のために肺の外側に急速に胸水がたまり、肺を圧迫して呼吸が困難になります。呼吸を楽にするために、外から胸に針を刺して水を抜きます。水を抜くために管を留置し、この管から薬を入れて、水がたまらないように肺の胸膜面を癒着@ゆちやく@させることもあります。

 同じように、がん性心嚢膜@しんのうまく@炎のため、心臓のまわりに水がたまることがあります。水がたまると心臓が圧迫されてうまく拍動することができなくなり、急速に心不全が進行します。がん性心嚢膜炎はがん救急の代表的な病態です。この場合も、心臓のまわりに針を刺してたまった水を吸引します。

 

 

コラム 転移再発がんに対する抗がん剤の効果と奏効率

 

 遠隔転移の場合、ホルモン受容体が陰性ならば、抗がん剤の治療を行うことになります。また、ホルモン療法が効かなくなった場合にも抗がん剤が使われますが、その効果はどの程度期待できるのか、気になるところです。

 アドリアマイシンなど、アンスラサイクリン系の抗がん剤を最初の治療として使った場合、奏効率は5060%で、効果は半年程度続きます。かつて乳がん治療の標準治療であったCMF療法(ページ参照)より、奏効率、持続期間ともにすぐれています。

 バクリタキセルやドセタキセルなど、タキサン系の抗がん剤は、アドリアマイシン系の抗がん剤と同等の治療効果と考えられています。アドリアマイシン系後の二次治療として用いた場合の奏効率は3050%。効果の持続期間は数カ月程度です。  

このように、現在のところ、転移再発乳がんの治療では、アンスラサイクリン系の抗がん剤やタキサン系の抗がん剤が第一選択になっています。HER2陽性ならば、抗がん剤にトラスツズマブを上乗せして用います。

この他にも経口の抗がん剤であるカペシタビン、TS-1,最近日本で認可されたゲムシタビン、近日中認可予定のエリブリンなど選択肢は増えてきています。

 ただ、ここで注意してほしいのが、奏効率という意味です。これは、「治る」とか「がんが消える」という意味ではありません。がん治療では、「がんの大きさが半分以上小さくなった人の割合」を奏効率といいます。奏効率50%といえば、50%の人が、がんの大きさが面積比で半分以下に縮小した、という意味です。それによって生存期間が延長したかどうかはまた別問題なのです。

 

 

 

 

 

 

若い女性の乳がん治療

 

《術後療法をしっかりと》

 

 乳がんは更年期ごろの女性に多く発症しますが、数は少ないながら、20代、30代の女性でも乳がんになる人はいます。若い人の場合は、がんの進行が早いのではないか、再発率が高いのではないか、将来の妊娠出産に問題はないのか、などいろいろ気になることがあります。

 若い人の乳がんは、ホルモン受容体が陰性であることが多いので、ホルモン療法が効かない人が多いというのが問題点の一つです。比較的再発率が高いトリプルネガティブ乳がんの頻度が高いため、全体として再発率が高い傾向があります。 35歳以下の乳がんを「若年性乳がん」といいますが、以前は再発のリスク因子の一つとされていました。しかし、現在は、リスク因子からはずされており、年齢自体が問題なのではなく、乳がんの性質や進行度が問題であると理解されています。

 また、家族に若くして乳がんになった人がいるか、母親、姉妹に2人以上乳がんの人がいるような場合は、遺伝的要素の強い「家族性乳がん」(ページ参照)の家系である可能性もあります。その場合は、30代から乳がん検診を欠かさず受け、早期発見につとめましょう。

 

《治療後半年たてば妊娠もOK

 

 乳がんの治療中は、ホルモン剤や抗がん剤を使うので、月経が止まることが多くなります。薬をやめれば月経が再開されますが、抗がん剤のタイプと年齢によっては生理がもどらないこともあります。

 薬物による治療中は、胎児への影響があるので、避妊が必要です。しかし、抗がん剤やホルモン剤の成分は、3か月、かなり慎重にみても半年もたてば体内からなくなるので、妊娠してもだいじょうぶです。若い人の乳がん治療に使われることが多いLH-RHアゴニストを使用した場合も、ふつうは使用を中止して半年から1年以内に月経が再開します。月経が再開すれば、妊娠も可能となったと考えてさしつかえありません。

 一方、若い人の乳がんはやや再発しやすい傾向があります。たちの悪い再発は、術後早期に起こることが多いので、万が一再発した場合のことを考えると、妊娠は手術後2年以上たってから考えたほうが安心という意見もあります。

 しかし、実際には、患者さんの年齢や人生設計によるでしょうし、元の病状にもよるでしょう。また術後のホルモン療法は5年間が標準ですから、いつまでそれを続けるかはやはり患者さんの年齢と再発のリスクをベースに考えていく必要があります。

 抗がん剤が予定されている場合は生理が永久に止まってしまう可能性があるため、抗がん剤をするかどうか、またどのような薬剤で行うかを妊娠出産希望の観点からも考える必要があります。また抗がん剤治療前に受精卵を凍結するような生殖技術も選択肢になりうるため、薬物療法を行う前に妊娠の問題を主治医とよく相談しておく必要があります。

 なお、乳房温存療法では、放射線照射が必須となります。放射線を照射した側の乳房は乳汁分泌ができなくなりますが、反対側の乳房で授乳できるのでこの点は安心してください。

 

妊娠と乳がん治療

 

 

《妊娠初期の治療は困難》

 

 若い人の場合、妊娠中に乳がんが見つかることもあります。その場合は、妊娠の時期が問題です。

 基本的に、乳がん治療に使われる薬は、妊娠中は使えない薬がほとんどです。特に影響か大きいのは、妊娠の前期(妊娠15週目まで)です。この時期は、胎児のいろいろな器官がつくられる時期なので、ホルモン剤や抗がん剤の影響で流産したり、胎児に奇形などの影響が出る危険が少なくありません。

 検査も、CTやMRIは胎児に悪影響があるので行えません。CTの場合は放射線が、MRIの場合は強力な磁場が胎児に影響をあたえます。手術の場合も、麻酔薬による流産の心配があります。

 妊娠や授乳は、体内のホルモン環境を変えるので、がんの進行や再発を心配する人がいるかもしれませんが、妊娠や授乳が、乳がんそのものを進行させるおそれはなく、再発の危険を高めることもないと考えられています。

 しかし、胎児のことを考えると、妊娠前期の場合、検査や手術、薬物療法、いずれも正常な発育に影響をあたえる可能性があるといえます。したがって、この時期に乳がんが見つかった場合は、胎児への影響が比較的少ない手術だけを行い、後の治療を妊娠中期以降に行うか、あるいは中絶するのか、という厳しい選択を迫られることになります。なお通常センチネルリンパ節生検の際に使われる青い色素は、催奇形性のリスクから妊娠中は禁忌とされ、アイソトープだけを使ってリンパ節生検を行います。

 

 

《中期を過ぎれば治療も可能》

 

 では、妊娠中期以降ならばどうでしょうか。

 この時期になると、ある程度使える薬も出てきます。ただし、女性ホルモンは妊娠と密接な関係があるので、ホルモン剤は妊娠の全期間を通して使えません。また、放射線治療や分子標的治療薬も、胎児に影響するおそれがあるので使えません。

 

 また、乳房温存療法を行った場合は、通常は放射線治療が必須となります。出産が終わってから放射線治療を行うという選択肢もありますが、治療の遅れを回避するためには乳房切除が無難と考えられています。

 術後の薬物療法も、妊娠中はホルモン剤は使えませんが、抗がん剤は適応があれば使うことができます。妊娠中期以降で、治療に抗がん剤を使う必要がある場合には、AC(アドリアマイシンとシクロホスファミド)、FAC(フルオロウラシル、アドリアマイシン、シクロホスファミド)など、胎児に影響をおよぼす可能性が低いとされる抗がん剤の組み合わせを使います。

 

高齢者の乳がん治療

 

《若い人と効果は同じですが》

 

 最近は、日本でも閉経後の乳がんが増加し、70代、80代の高齢で乳がんになる人も増えてきました。

 治療の考え方は、基本的には高齢者の場合も60代以下の人と変わりません。乳房に比べてがんが小さければ、乳房温存療法の適応になりますし、放射線照射も行います。術後には、再発予防のために、ホルモン感受性があれば、アロマターゼ阻害薬やタモキシフェンを用いたホルモン療法を行い、抗がん剤の適応と考えられればこれが実施されます。

 もちろん高齢者の場合、予備力の問題から副作用が出やすいということもあり、また何らかの持病があり、さまざまな薬を服用している人が少なくありません。がんだけではなく、持病の状態や、服用している薬とのかねあいにも十分に注意を払う必要があります。

 

《残された人生と天秤にかけて》

 

 ホルモン受容体が陰性で、ホルモン療法が行えないといった場合、高齢者でも抗がん剤による術後補助療法が必要なのか、あるいは高齢者が再発・転移を起こした場合、抗がん剤による強力な治療を行うべきなのかどうか、本人も家族も迷うところです。

 高齢者でも体力が十分あり、余命が十分期待できるなら、標準的な治療法は若い人とそれほど変わりません。しかし、持病の有無、心臓や腎臓など重要臓器の機能低下の有無、栄養状態、認知症の心配、経済的、社会的問題など高齢者の場合には配慮しなければならない問題が多数あります。さらにがんが完治したとしても余命が限られていることを考慮しながら治療プランを考えていく必要があります。

 

 再発・転移を起こした場合も、ホルモン受容体が陽性ならばホルモン剤を使うというのが、QOLの面でも一番効果的です。

 第一選択のホルモン剤は、術後補助療法で使っていないものです。タモキシフェンが効かなくなっていれば、アロマターゼ阻害薬、アロマターゼ阻害薬が効かなくなっていればタモキシフェンか、別の種類のアロマターゼ阻害薬を使います。

 抗がん剤の効果は若い人とそれほど変わりませんが、高齢者は副作用が出やすい傾向があります。そこで、抗がん剤の併用療法よりは、単剤で使うことがすすめられます。その場合も、副作用の出現には十分注意が必要です。

 高齢者の場合、体力なども個人差が大きいので、予想される副作用と延命効果などを主治医とよく相談しながら、治療方針を考える必要があります。

  

コラム 腫瘍マーカーで再発転移は予測できるか。

 

 腫瘍マーカーとは、がん細胞がつくり出す物質、またはがん細胞に反応して正常細胞がつくり出す物質のことで、血液中に含まれています。血液を検査して、その物質がどのくらい含まれているかを調べれば、体内にがんがあるかどうかを推測することができます。

 乳がんの場合は、CA15-3、CEA、NCC-ST-439などが腫瘍マーカーとして使われています。ただ、多くの腫瘍マーカーは、正常な人でもつくられていること、早期のがんでは異常値にならないこと、転移があっても異常値を示さないことがあること、などの問題点があります。乳がんの再発、転移の診断時には5割くらいの人で腫瘍マーカーが上昇していますが、早期乳がんの場合はほとんど数値が上昇しないため、乳がんの早期発見には役立ちません。

 腫瘍マーカーが最も役立つのは、再発、転移をした乳がん患者さんの治療効果を判定するツールとしてです。治療前に上昇していた腫瘍マーカーが経時的に下がってくれば、治療は効果があると考え、逆に治療にも関わらず上昇してくれば、治療効果がないと判断できるわけです。

 腫瘍マーカーは、あくまでもほかの検査の補助的なものと考え、その数値の意味のない増減に一喜一憂することはやめたほうがよいでしょう。また、再発・転移があった場合も、早く見つけて治療をしても、症状があらわれてから治療を始めても、生存期間に変わりないので、術後フォローアップの際の検査として腫瘍マーカー検査を推奨しないということが、世界と日本の乳がんのガイドラインに明記されています。

    

 

 

 

 

第4章  治療後の生活をイキイキと送るために

 

 

術後リハビリテーション

 

 

《手術翌日から軽い運動を》

 

 乳がんのリハビリテーションの主な目的は、できるだけ肩や腕を元のように動かせるようになることです。

 乳がん手術で腋窩リンパ節の郭清と伴に胸の筋肉まで切除していた時代には、手術後はどうしても腕や肩の動きが悪くなりました。現在は、センチネルリンパ節生検を行い、リンパ節に転移がなければ郭清をしないので、この場合は腕や肩への影響も少なく、特にリハビリテーションの必要はありません。

 ただし、手術で腋窩リンパ節を郭清した場合には、上肢のリンパ液の流れが悪くなり、リンパ浮腫を起こしやすくなります。また、傷あとがつっぱり、重だるいので、つい腕をかばっていると、肩の可動範囲も狭くなってしまいます。

 とはいえ、手術翌日からがんばって無理に腕を動かすと、かえってリンパ節を切除した部位に体液がたまりやすくなるという意見もありますので、ドレーン(リンパ液や体液を排出するために留置する細い管)が抜けるまでは、軽い運動にとどめたほうがよいでしょう。

 

手術翌日からドレーンが抜ける頃まで(手術後1週間まで)

 指の曲げ伸ばし運動や、ボールを握る、手首を回すなどの手の運動、ベッドで仰臥@ぎようが@したまま、あるいは椅子にすわって、ひじだけを曲げたり伸ばしたりします。

 

ドレーンが抜けたら(手術後1週間目ぐらいから)

 腕を真横や上に上げる運動を行います。むずかしければ、手術した側の腕を反対側の手でつかみ、健康な腕のほうへ引っ張る方法もあります。ひじを肩関節の高さまで上げて、肩関節を回します。

 

手術2週間後から

 壁に対して横向きに立ち、手術した側の腕を壁にはわせるようにして、毎日少しずつ上に上げていきます。あるいは、壁に向かって立ち、まず、手術していない側の腕を伸ばして、指先の位置に印をつけます。次に手術した側の腕を、壁を伝ってすこしずつ上に上げていく。毎日数回くり返して、目印に近づくように腕を高く上げていきます。

 各病院によって、違いはありますが、だいたい上記のようなプログラムを行っています。一例をあげると10回1セットで、1日3セットほど行います。リハビリの方法を記したパンフレットがあれば、それを見ながら練習しましょう。

 こうしたリハビリテーションを継続して行えば、肩の動きも問題なく、リンパ浮腫も少ないという報告があります。リンパ節郭清をしなかった人も、まれにリンパ浮腫が起こることがあるので、なるべく腕や肩を意識して動かすようにしましょう。

(リハビリのイラスト・虎の門のものがあればそれを使う)

 


 

(虎の門病院 形成外科)


乳房再建術の考え方

 

 

《再発発見の遅れは心配ない》

 

 最近は、日本でも、乳房温存療法が乳がん手術の半数を占めるようになりましたが、それでもまだ乳房切除術が必要な人が多くいます。こうした人に、ぜひ知っていただきたいのが乳房再建術です。

 乳房再建が終わってはじめて乳がん手術が完了する、といわれるほど乳房再建が一般化している国もあります

 日本でも、ようやくここ10年ほどの間に乳房再建に対する関心が高まり、再建術を受ける人も少しずつですが増えてきました。乳房再建の技術そのものも、ずいぶん進歩しています。

 乳房再建をためらう理由の一つに、「再発の発見が遅れるのではないか」という心配があるようです。しかし、人工乳房(インプラント)を挿入するのは大胸筋の下で、局所再発の場合は、もっと表面の皮膚や皮下に出ます。超音波検査など、体の外から内部の状態を調べられる検査も発達しているので、特にこの方法の場合乳房再建によって再発の発見が遅れる心配はないと考えてだいじょうぶです。

 

《事前に十分吟味して》

 

 また、乳房を喪失してつらい思いをするのは、若い人も年配の人も同じです。現実問題として、左右のバランスが悪い、温泉旅行が楽しくなくなった、補整下着をつけるのが面倒、夏でも胸のあいた服が着られないなど、いろいろな不自由を感じることも少なくありません。もう年だから、と再建を恥ずかしがる必要はまったくないのです。

 大切なことは、手術を受ける前に十分再建の方法や時期、執刀医の力量などを吟味し、再建後のイメージをある程度つかんでから再建術を受けることです。

 再建術を執刀するのは、基本的に形成外科の医師です。患者側の条件にもよりますが、執刀医の力量によっても出来ばえはだいぶ違います。左右ふぞろいで、何のために再建を受けたのかわからない、といったことにならないように、事前に十分基礎的な知識を持って、方法や時期、施設などを選択しましょう。

 

《時期と再建の方法に2種類》

 

 乳房再建は、再建の時期によって2つに分けられます。乳がんの手術と同時に行うのが「一期再建」、がんの手術後あらためて乳房再建を行うのが「二期再建」です。さらに、再建に何を使うかで2種類に分類されます。人工乳房(インプラントともいわれ、シリコンバッグなどを使う)を使う方法と、自分の皮膚や筋肉など自家組織を使う方法です。

 がん治療で胸に放射線照射を受けているかどうかで、選択肢も大きく違ってきます。まず、こうした条件を一つずつ考えていきましょう。

 

一期再建か二期再建か

 

 

《手術回数が少ないのは一期再建》

 

 最初に、乳房再建の時期を考えてみましょう。

 先に述べましたように、がんの手術といっしょに再建術を行ってしまう一期再建と、手術が終わったあとでもう一度再建のための手術を行う二期再建という選択肢があります。

 一期再建の利点は、何といっても、自家移植ならば一度に手術が終わってしまうことです。人工乳房を使っても、手術回数は1回少ないので、それだけ体の負担が少なくてすみ、費用も安くなります。さらに、麻酔から覚めたときにはすでに乳房が再建されているので、自分が乳房を失った姿を見ないですむのも利点といえるでしょう。

 

《じっくり考えるなら二期再建》

 

 では、一期再建のデメリットは何かといえば、やはり十分に吟味する時間がないことです。特に、自分ががんだとわかったショック、おそらく初めて受ける手術への不安感などで、頭の中はいっぱいだと思います。その先にある乳房再建の問題で、どういう方法を選んだらいいのか、どこの施設や医師に再建術をしてもらったらいいのか、といったことまで考える余裕がない人がほとんどだと思われます。

 病理の検査結果が判明していない時点で再建手術を行うことの問題もあります。後でリンパ節転移が多かったとか、切除検体の断端が陽性などの結果がでると対応に苦慮することになります。

 また、乳房に局所再発した場合には、切除が基本ですから、せっかく再建した乳房を取り外さなければなりません。そういう意味では、局所再発の危険が高い2年ぐらいは待ってから再建するというのも一つの選択肢です。

 

《放射線照射の有無も問題》

 

 もう一つ、放射線照射との関係も考えなくてはなりません。放射線照射は、皮膚にもダメージをあたえます。放射線によって皮膚が萎縮したり繊維化して固くなるので、せっかく再建した乳房も、美容的な意味がなくなることもあります。

 乳房切除でも、腋窩リンパ節に4個以上の転移があれば、術後に放射線照射を行います。リンパ節転移の数がもっと少ない場合でも放射線照射を行うこともあります。

 そのため、放射線照射が行われないと予想される人にしか一期再建はしない方が無難と思われています。

 二期再建の場合は、ふつう乳がん手術のあとが落ちついてから、だいたい半年後ぐらいからはじめます。何年たったからもうできないということはありません。再建は、手術から5年後でも10年後でもできます。十分時間をかけて考えてから再建することもできるのです。

 ただし、手術が1回余分に必要なことと、一期再建より費用がかかるのが欠点です。

 こうした点をよく考えて、医師と相談しながら手術の時期を決めてください。

 

乳房再建には、2種類あります。

 

 

《簡単な手術で挿入できる人工乳房》

 

 乳房再建は、再建に何を使うかで2つに分かれます。一つは、自分の組織を使う自家移植。もう一つは、人工乳房といって、生理食塩水の入ったバッグや豊胸手術などでも使われるシリコンバッグを埋め込む方法です。

 

人工乳房を使った再建術

 一番簡単に乳房再建ができるのが、人工乳房を使う方法です。

 人工乳房には、生理食塩水を入れたバッグとシリコン(ソフトコヒーシブシリコンなど)があります。生理食塩水のバッグは、大きさに合わせて生理食塩水を注入するので、左右の大きさをそろえられるのが利点です。ただ、水なので、乳房とはだいぶ質感が違い、ポチャポチャ音がすることもあります。

 現在は、人工乳房といえばシリコンを指しています。これは、乳房とよく似た質感があり、豊胸手術にも使われています。

 人工乳房を入れられるのは、胸の大胸筋@だいきょうきん@を残して乳房切除(胸筋温存乳房切除術)を行った人です。したがって、現在は乳房切除を受けた人のほとんどが該当します。

【単純人工乳房挿入法】

 中でも簡単なのは、乳房切除後、かわりに人工乳房を入れる方法です。手術で乳房内部の乳腺組織だけを切除し、大胸筋はもちろん、乳房の皮膚や乳頭、乳輪なども残っている場合(乳頭乳輪温存皮下乳腺切除術)には、手術に引きつづいて人工乳房を挿入します。

 まず、乳腺組織を摘出した傷からメスを入れ、大胸筋をはがします。その下に人工乳房を入れて、ふくらみを再現します。これは一期再建が基本で、十分ふくらみがつくれる皮膚が残っている人だけに可能な方法です。外見的には、比較的元に近いきれいな乳房ができます。これができる人は限られていますが、アメリカなどでは非常に人気のある方法です。

【組織拡張法】

 乳がん手術は、ふつう皮膚ごと乳房を切除してしまうので、人工乳房でふくらみをつくるには、人工乳房を入れるだけの皮膚の余裕をつくらなければなりません。そこで行われるのが、エキスパンダーによる皮膚の拡張です。

 簡単にいえば、皮膚を伸ばす器具を胸に入れて、ゆっくりと時間をかけて皮膚を伸ばしていくのです。そのあと、人工乳房を挿入します。したがって、それほど大変な手術ではありませんが、2回手術をすることになります。

 二期再建で行う場合は、乳房切除術が終わって傷が治ったところで、エキスパンダーという拡張器を埋め込む手術をします。乳房を切除したときの傷口を利用してメスを入れ、大胸筋をはがし、その下にエキスパンダーを埋め込みます。1時間程度の手術です。

 エキスパンダーは袋になっているので、最初はここに少量の生理食塩水を入れます。あとは、月に一度の割合で、生理食塩水の量を増やして皮膚を伸ばしていきます。反対側の乳房と同じぐらいのふくらみになったところで、生理食塩水の増量はストップします。そして、そのままの状態を3カ月ほど維持します。エキスパンダーを取り除いても皮膚が元に戻らないように十分に皮膚を伸ばすためです。

 ここで、十分皮膚が伸びていれば、乳房もやわらかく自然な形にできます。その後、また手術でエキスパンダーを除去し、かわりにシリコンの人工乳房を挿入します。乳頭部や乳輪は、そのあとで再建します。

 最初にエキスパンダーをちょうどいい位置に挿入し、皮膚を上手に伸ばすのがこの再建法のポイントです。

【人工乳房再建の長所と短所】

 人工乳房を使った再建術は、体への負担か少ないのが利点です。2回手術をするといっても、両方とも1回目は1時間、2回目は30分程度の短い手術です。入院も数日以内です。

 短所は、エキスパンダーで皮膚を拡張するときに、皮膚が破れたりゆがんで伸びてしまうこともあります。また、反対側の乳房は年齢とともに下垂してきますが、人工乳房を埋め込んだ乳房はいつまでも若々しく、張りがあります。その調整のために再手術が必要になることもあります。

 なお費用については手術の内容、用いる素材、保険適応の有無などによって大きな違いがあります。乳頭、乳輪の形成手術、通院費用など様々な費用がかかるのでトータルでいくらになるのか、事前によく確認しておくことが必要でしょう。トラブルが起きたときの費用の扱いなども問題になる可能性があるため事前の確認が重要です。

 

 

自家組織による再建

 定型的手術(ハルステッド法)などで、乳房といっしょに大胸筋まで切除した場合は、人工乳房だけで乳房を再建することは困難です。過去にこの手術を受けた方の場合には、自家組織による乳房再建が唯一の選択肢になります。しかし現在の乳がん手術は大胸筋温存が原則のため、自家組織による再建と、人工乳房による再建の2つの選択肢があります。どちらが適しているかは、患者さんの元々の体型とがんの手術内容が決め手となります。

 

自家組織による再建は、患者さん自身の体の一部を使って乳房を再建する方法です。

 実際には、腹部の組織を使う「腹直筋皮弁@ふくちょくきんひべん@法」と、背中の組織を使う「広背筋皮弁@こうはいきんひべん@法」があります。ここでは有茎皮弁法と呼ばれる、皮膚、脂肪、筋肉に血管をつけたまま別の部位に移植する方法について説明します。

【広背筋皮弁法】

 広背筋は、腕のつけ根から背中や腰の方に向かって扇型に広がる筋肉です。この筋肉に皮膚と脂肪をつけたままはがし、血管は温存したまま、切除した乳房部に移植します。背中の筋肉は比較的薄くて脂肪も少ないので、乳房のボリュームが出にくい欠点があります。この方法は比較的負担の少ないいい方法ですが、患者さんの体型によっては不向きなこともあります。

【腹直筋皮弁法】

 腹部には、中心部をタテに走る太い腹直筋が2本あります。腹部には脂肪も多く、広背筋よりボリュームが出せるのが利点です。

 このうちどちらか一つの筋肉に脂肪と皮膚をつけて、さらに血管をつけたまま切除した乳房部に移植します。

 腹直筋でつくった乳房は柔らかく、本物の乳房とよく似た感触があります。

【自家移植の長所と短所】

 自家移植は、異物を使わないことと、やわらかいぬくもりがあるのが利点です。しかし、乳房と、組織を取ってきた背中や腹部に傷が残るのが欠点です。きれいに縫って、下着に隠れるような位置にしてありますが、傷が消えることはありません。手術自体も、人工乳房にくらべれば大きくなり、入院期間も1~2週間は必要です。

 特に、腹直筋を使った手術は体への負担が大きく、元の生活に戻るためには、2~3カ月かかると思っていてください。また、腹筋が弱くなるので、これから妊娠出産を考えている人には適応できない方法です。

【遊離皮弁法】 筋皮弁を完全に遊離して血管吻合する方法もあります。デザインの自由度が増し、仕上がりが最も期待できる方法です。反面、血管吻合がうまくいかないと遊離した組織が生着しないという大きなリスクを伴います。

 人工乳房の場合は、以前は周囲に線維化が起き、固く変形する(被膜拘縮)ことも少なくありませんでしたが、今でも素材がよくなりトラブルの頻度は少なくなりました。それでもこうしたトラブルがないわけではなく人工乳房を除去しなくてはならないこともあり得ます。自家組織でも、まれに組織が生着しなかったり、血流がうまく流れなくて組織が死んでしまうことがあり得るなど、医療には絶対はないため、こうしたリスクを十分理解して手術に臨まれることが必要でしょう。

 なお、人工乳房による再建は保険適応外で、自家組織による乳房再建は、保険適応となっています。

【乳頭部と乳輪の再建】

 乳房再建の仕上げが、乳頭部と乳輪の再建です。これは、乳房再建による乳房のふくらみが落ちついたあとで、ゆっくり行います。半年から1年ぐらいたってからと考えて下さい。

 乳頭部と乳輪の再建にも、いくつかの方法があります。もし乳頭部がわりあい大きい人ならば、反対側の乳頭部と乳輪を半分切って移植することもできます。反対側の乳房から取ってくるので、色も性質も自然なのが利点です。ただ、健康なほうの乳房にもメスを入れるのが難点です。手術は1時間ほどで、傷もやがてわからなくなりますが、授乳はできなくなります。

 新たにつくる場合は、乳頭部にあたる部分の皮膚を立体的に盛り上げ、乳輪は入れ墨で皮膚を染めてつくります。反対側の乳頭部や乳輪の移植には保険が効きます。

 

(広背筋皮弁法のイラスト・腹直筋皮弁法のイラスト)

(人工乳房と自家移植の比較リスト)

 

コラム 放射線と乳房再建

 

 放射線照射をすると、皮膚が萎縮@いしゅく@したり、人工乳房に皮膜ができて固く拘縮@こうしゆく@するおそれがあるので、照射前に乳房再建は行わないのがふつうです。放射線治療後は、皮膚のダメージの具合によります。エキスパンダーを使っても皮膚が伸びないこともあるので、自家組織を使うのが原則です。しかし、いろいろな工夫もあるので、乳房再建の専門家に相談してみましょう。

 

リンパ浮腫のケア

 

 

《腋窩リンパ節郭清が原因》

 

 乳がん手術の後遺症として、もっともよく知られているのが「リンパ浮腫@ふしゅ@」です。

 リンパ浮腫は、脇の下のリンパ節郭清@かくせい@をした人に起こる症状です。センチネルリンパ節生検をして、腋窩リンパ節の郭清が必要ないと診断された人にはほとんど起こりませんが、まれに生検だけでもむくむ人がいるので、注意は必要です。

 リンパ節は、リンパ液が流れるリンパ管の関所のようなものです。これを郭清して切除すると、リンパ液の流れが悪くなりますが、特に腕の先から肩に向かう流れが悪くなります。そのため、リンパ管から漏出@ろうしゅつ@したリンパ液が腕にたまり、むくんでいくのです。

 といっても、リンパ節郭清をした人のすべてがリンパ浮腫になるわけではありません。データによってバラツキはありますが、5~25%といわれています。ふつうは、リンパの流れを助けるバイパスができるからです。

 最初は、腕が何となくはれぼったいが、特に痛みはない、といった程度ではじまることが多いのですが、そのまま放置していると、腕から手にかけてパンパンにむくみ、日常生活に支障をきたすほどになることもあります。感染症を起こして、突然真っ赤になり、発熱することもあります(蜂窩織炎@ほうかしきえん@)。

 いったんひどくなると、なかなか治りにくいので、予防につとめることが大切です。

 

《マッサージと弾性スリーブ》

 

 手術後、手術した側の肩や胸、背中などがはれぼったくなるのは、手術のせいで、それは次第に治まっていきます。しかし、腕回りが1センチ以上太くなったら、リンパ浮腫の可能性が高いと考えてください。

 早期発見のためにも、手術前から腕回りをはかっておくといいでしょう。はかるのは手首とひじの少し下、ひじの少し上の3カ所です。治療効果を見るのにも役立ちます。

 リンパ浮腫の予防と治療は、マッサージと弾性スリーブ(サポーター)の装着が基本です。

 リンパの流れは、完全に遮断されているわけではないので、マッサージでリンパの流れを助けてあげます。これが「リンパドレナージ」です。マッサージは、強くやりすぎると逆効果なので、自分の手で、下から上に皮膚をなで上げます。リンパ浮腫の治療を専門にした医師やトレーニングを受けた看護師、理学療法士に正しい方法を指導してもらいましょう。

 運動して筋肉を動かすことも、リンパの流れを助けてくれます。例えば肩の上下運動や肩回し、腕を広げて深呼吸をするような動作、腹式呼吸は効果があるといわれています。手で握ったボールに力を入れたり抜いたりするような簡単な運動でもいいのです。弾性スリーブをはめた状態でも、運動をしましょう。さらに、感染を防ぐために、保湿クリームを塗ることも忘れないでください。

 

(運動のしかた・イラスト)(弾性スリーブの図)

 

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リンパ浮腫と日常生活の注意点

 

 

《浮腫を悪化させない注意》

 

 乳がんの手術を受けた人は、程度の違いはあっても、何らかの違和感や症状を抱えることが少なくありません。

 その大半は手術によるもので、時間の経過とともにやわらいできます。しかし、リンパ浮腫によるむくみや、神経を傷つけたことによる腕のしびれや感覚の低下は、長く患者さんを悩ませる原因となります。

 神経痛のようなキリキリした痛みや鈍痛がつづき、日常生活の妨げにもなるような場合には、ペインクリニックという痛み専門の治療を行っている施設で相談してみましょう。

 また、リンパ液はたまるほど、解消するのも大変になります。今日の分は今日のうちに流すという気持ちで、毎日根気よくマッサージをつづけることが大切です。入浴後のマッサージも、効果的です。寝るときは抱き枕に腕を乗せる、休むときはひじ掛けに腕を乗せるなど、腕を下に降ろしっぱなしにしないようにしましょう。重いものを長い時間持つのも避けましょう。

 もし、むくみがあまりにひどい場合は、手術という方法もありますが、その効果は個人差が大きいようです。

 さらに、日常生活でも、浮腫を悪化させない注意が必要です。

 

《日焼けやけがをしない》

 

 リンパ節は、細菌など、外部からの異物の侵入をくい止める免疫の拠点でもあります。そのため、リンパ節郭清をした人は感染しやすい状態にあります。

 日常生活でも、できるだけケガをしたり、細菌感染の起こりやすい状態を避けなければなりません。炎症を起こすと、リンパの流れが悪くなり、またむくみがひどくなるからです。そのためには、

ひどい日焼けをしない

爪のささくれをつくらない

土いじりやガーデニングのときは必ずゴム手袋を装着し、終わったら石鹸で手を洗う

虫刺されをできるだけ防ぐ

患部の側の腕には時計や指輪をしない、

 といった注意が必要です。これは、一生つづける必要があります。万が一、腕が赤くはれたり、発熱した場合には、すぐにかかりつけ医へ行きましょう。蜂窩織炎@ほうかしきえん@といって、腕に炎症が広がっているかもしれません。このときはマッサージもやめて、診察を受けるまでの間は腕を冷やします。通常は抗生物質が処方され、経過をみることになります。

 また、肥満しないことも大切です。脂肪がリンパ管を圧迫して流れを妨げるからです。

 

《疲れないようにする》

 

 リンパ浮腫の患者さんの多くは、引っ越しや人の介護など、何かのきっかけでむくみがひどくなることがあります。リンパ浮腫には、疲れも大敵です。多少わがままと思われても、「根をつめない」「無理をしない」という精神で、まず自分の体を考えて生活することが必要です。

 

乳がん治療後の生活について

 

《定期検診の頻度は?》

 

 乳がん治療を受けた人にとって、一番気になるのが再発です。手術をした乳房付近に発生した局所再発は、自己検診でも発見できるので、月に一度の自己検診はつづけましょう。また、反対側の乳房の状態も、ふだんから気をつけて見てください。

 病院では、手術後3年間は、問診と視触診を3~6カ月に1回、4年目から5年目は6カ月から1年に1回、それ以降は年に1回行うことが勧められています。

 ほかの検査で有効性が認められているのは、年に1度のマンモグラフィだけです。

 いろいろな画像診断、特にPET-CTなどの高額の検査もありますが、遠隔転移の場合は、早期発見しても治療成績は同じなので、むしろいろいろな検査を受けるよりは、症状が出てから検査を受けたほうが、精神的な負担も少ない。またそれ以上の検査は税金の無駄遣いだから保険でカバーすべきでないという考え方が現代の乳がん診療の根本にあります。前述したように(●●ページ)こうした考えた方への疑問はもちろんあります。

 しかし、たとえば骨シンチグラム検査は偽陽性@ぎようせい@が多く、スクリーニング検査で転移が疑われてもほんとうに転移がある人は10%程度だったという報告もあります。偽陽性の人は大丈夫という結果がわかるまで、何カ月もの間大きなストレスをかかえながら生活しなければならないことも少なからずあるのです。

 検査を受けて、安心を得たいという心情も非常によくわかるのですが、結局検査では安心が得られないというのも一面の真実なのです。それよりも、患者会やサポートグループなどに入り、精神的な支えを得ることのほうが意味が大きいかもしれません。

 乳がんの患者会やサポート団体は数も多く、活発に活動しているところも多いので、インターネットなどで調べて、自分に合いそうなグループに相談してみるといいと思います。

 

《仕事や家事はつづけていい?》

 

 自分の体調に合わせて、仕事や家事をするのはまったく問題ありません。どんな病気でも、過労はよくありませんが、医師から特別な指導がないかぎり、仕事も家事も旅行も楽しくつづけてください。悪いものは取ってしまったのですし、また何をしなければ再発しないというわけでもないのです。

 ただ、仕事の場合は、体調や術後の治療とのかねあいもありますので、復帰の前に、上司に体調や今後の治療予定などを話して、どの程度の仕事から始めるかを話し合っておくと、スムーズに復帰ができます。特に、最初はラッシュの通勤などは体に負担がかかるのでなるべく避け、体を慣らしながら、ゆっくりと元の生活に戻るようにしましょう。

 

《食事や健康食品は?》

 

 食事とがんの関係は研究が進んでいますが、現在のところ、科学的に予防効果が認められているものはありません。ただ、高脂肪・高カロリーの食事と、多量の飲酒、運動不足などは、健康の面も含めて避けるべきでしょう。

 緑黄色野菜や果物は、がんを防ぐ働きがあるともいわれているので、積極的にとりたい食品です。大切なのは、乳がんに限らず、バランスのよい食事を規則正しくとることです。体によいとすすめられても、それで食事のバランスが崩れては何にもなりません。また、肥満は閉経後乳がんのリスク要因であることを覚えておきましょう。

 健康食品に関しても同じで、直接がんを治したり、予防する効果は認められていません。しかし、抗がん剤の副作用や、臥床による体の痛み、精神的な不安などには効果のあるものもあります。健康食品を試すときは、主治医や看護師の意見を聞いてからにしましょう。

 気功やマッサージ、鍼、リラクゼーション、適度な運動、心理療法などは、精神的な面で助けになることがあります。健康保険で認可されていない免疫療法なども、大学をはじめ様々な施設で熱心に研究されています。しかし、いかにもそれらしい名前でまったく根拠のない治療を行っているところもあるので、こうした民間療法や代替療法を受ける場合には、主治医とよく相談することが大切です。

 

《治療後の性生活について》

 

 乳がんは、女性ホルモンと関係の深いがんです。しかし、性行為によって女性ホルモンの分泌が増えたり、がんが促進されることはないので、安心してください。乳がんの治療によって、性生活が制限されることはありません。

 ただ、体の状態が以前と同じではないかもしれませんので、手術後、傷の状態がある程度よくなった段階で、パートナーときちんと話し合うことが大切です。リンパ節の郭清や手術の傷で腕をあげるのがつらかったり、姿勢にも制限があるかもしれません。圧迫されると、不安感があるという人もいます。触れられると、違和感があって気持ちが悪いという人もいます。正直な気持ちを伝えることが必要です。

 また、ホルモン療法や抗がん剤の影響で、膣からの分泌物が減ったり、膣が萎縮することもあるので、うるおいを補うゼリーなどが必要になることもあります。

 なお、避妊が必要な期間は、生理が止まっていたとしてもコンドームによる避妊が必要です。排卵があることもあるからです。ピルは、乳がんを促進することがあるので使えないことも覚えておきましょう。

 性生活は、お互いの理解やいたわりが大切です。よく話し合って、パートナーとの新しい関係をつくっていきましょう。

 

《車の運転やスポーツ》

 

 スポーツに関しても、特にしてはいけないというものはありません。手術した傷あとが痛まないか、翌日まで残るほど疲れないか、といったことを考えてスポーツの種類を選びましょう。腕が伸びにくかったり、脇がつっても、特にそれが悪いということはありませんが、楽しくできることが大切です。

 手術後は、体のバランスが崩れたり、動作が遅くなったりするので、車の運転などは、体が十分日常生活に慣れてからのほうが安心です。

 


手術後の補整具や下着

 

《材質も形も豊富》

 

 現在は、乳がんの手術を受けた人のために、さまざまな補整具や扱いやすい下着が発売されています。上手に利用して、手術後もおしゃれを楽しむようにしましょう。

 補整下着は、見た目の美しさもさることながら、乳房の手術によって変わった体のバランスをととのえるという意味でも、効果的です。アンバランスのままにしていると、腰痛や背中の痛み、肩こりなどの原因になることもあります。

 パッドは、内側にポケットのついたブラジャーと組み合わせて使います。素材も、ウレタン、シリコン、綿などがあり、汗をかいてもかぶれにくい素材を使ったものなどもつくられています。形も、体型にあわせて脇にふくらみをもたせたいときに使うものや、鎖骨の下からふくらませるものなど、いろいろなものがあります。重さも、軽いものから、乳房と同じ重さのものまであります。

 乳がん手術を受けた病院には、たいていパンフレットがありますから、自分で調べたり看護師に訊いてみましょう。インターネットでも情報を得ることができます。その上で、実際に身につけてみて、装着感や見た目を試して購入することが大切です。たいていは既製品で間に合いますが、オーダーメードでもつくることができます。

 

《用途にあわせて》

 

 パッドを入れるブラジャーは、肩ひもが太く安定感があり、アンダーバストもソフトで強くしめつけない、あるいは前開きで着脱しやすいなどの工夫がしてあります。ふつうのブラジャーにもポケットがついたものがありますが、補整下着はパッドを入れたときにも安定してズレにくくなっています。また、素肌に直接装着するタイプのシリコンパッドや、水泳用に水分を吸収しにくいパッドもあります。

 

 水着も、乳がんの手術を受けた人のために、首回りや袖ぐりが詰まっていて傷口が見えないもの、パッドもしっかりフィットしてずり落ちないものなどが市販されています。水泳は、手術後のリハビリや体力回復にも適した運動なので、こうした水着で楽しく泳いでください。

 

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20116月(監修)記載 2018年6月改訂

虎の門病院乳腺内分泌外科 川端英孝